華やかな光の影を見て

「どうしました?緊張しているようですが。」

カズトシ、大丈夫?と俺にしか聞こえない声で、クイエートが聞いてくる。
こんな場で緊張しないわけがない。
渡されたシャンパングラスを傾けながら、仮面越しに周りを見る。
着飾った紳士淑女が皆、お喋りに勤しんでいた。
もちろん俺もいつもの格好ではなくて、燕尾服を来ている。
ハンカチーフやネクタイピンの宝石等はオレンジでまとめられていた。
クイエートも同じような格好で、小物はブルーで揃えて片眼鏡(モノクル)を左目に掛けている。

「舞踏会なんて初めてだから。」

踊らなくていいからとクイエートに誘われてきたのだが、半端なく緊張する。
それもそのはず、周りは貴族や金持ちばかりなのだから。
粗相は出来ない。

「大丈夫ですよ。今日はそんなに堅苦しいものではありませんから。力を抜いて下さい、レナード。」

レナードとはこのパーティー内での俺の呼び名だ。
出来るだけ素性を隠しておくほうがいいらしい。
何かと貴族は厄介なのだそうだ。
クイエートも名前を隠しているようで、デュークと呼ぶように言われている。


「あら、お久しぶりですこと。デューク・ミッドフォード。」

クイエートにそう声をかけたのは、青いドレスの女性だった。
馴れ馴れしいその様子にクイエートの知り合いだと判断する。

「お久しぶりです。レディ・グレイシア。ますます美しさに磨きがかかってますね。今日のドレスもよくお似合いです。」

そう言って女性の手を取り、その甲に口づけたクイエートに驚いた。
普段、クイエートはお世辞なんて言う方ではないし、ましてや手にキスをするところなんて見たことがない。

「相変わらずお上手ね。」

そう言いながらも女性は嬉しそうに笑う。
それにクイエートは微笑みで返す。
けど、気づいてしまった。
クイエートの瞳が少しも笑ってないことに。

「そちらの方は恥ずかしがりやなのかしら?その仮面も素敵だけれど。」

手を差し出されたので、クイエートと同じく甲にキスをする。

「ええ。特に今は貴方の美しさに圧倒されてしまって。」

女性が嬉しそうに笑ったので失礼はなかったようで安心する。
こんな場所で相手を怒らせるのはマズイはずだ。

「デューク、私はカウント・レディですもの。そんなにかしこまらないでくださらない?」

女性が困ったようにクイエートに言う。
カウントって何だ?

「そういうわけにはいきませんよ。私はデュークの座を預かっているだけですから。」

クイエートの声に冷たいものが混ざる。
それに気押されたのか、女性が去っていく。
他にも次々とクイエートに挨拶をしに、男性も女性も訪れた。
ほとんどの女性がクイエートをダンスに誘ってくる。

「残念ながら、彼を置いて踊るわけにはいきませんので。またの機会に。」

「そう言って、いつも踊ってはくださらないではないですの。そんなに彼がお大事…?」

断ったクイエートに女性は言いつのるが、クイエートは何も言わない。
その内、女性は悲しそうに去ってしまった。

「デューク、いいのか…?」

「いいのです。彼女達の目当ては私ではないのですから。」

ニッコリと笑うクイエートは、凛として立っている筈なのにどこか脆そうに見えた。



「やはり来ていたな。」

テノールの良く通る声。
聞いたことのあるその声に思わず固まる。

「ジャン。私はまさか貴方が来ているとは思いませんでしたよ。」

品の良い燕尾服に身を包んだデスコールはさすがに今は帽子もクロークもファーも着けていない。
ただ、仮面はそのままだった。

「来たくはなかったが、用があった。おい、何でそいつを連れてきた。」

デスコールがようやく俺に気付いた。
デスコールに会うかもしれないけど喧嘩はしないように、とクイエートに釘を刺されていた俺は、ただデスコールを睨む。

「ふん、まぁ、いい。せいぜいその素性が知られないようにするんだな。」

そう言ってデスコールは人の中に姿を紛れ込ませる。
すぐにその姿は見えなくなった。

「さて、レナード。帰りませんか?貴方がまだここに居たいと言うのなら構いませんが。」

正直言って、早く帰りたかったからその提案は嬉しかった。
馬車に乗ってから、疑問に思ったことを聞いてみる。

「なぁ、クイエート。カウントって?デュークも名前じゃないんだろ?」

「カウントは伯爵のことだよ。あの方は伯爵令嬢なんだ。デュークは公爵ってこと。」

ちょっと待て。
大公、公爵、候爵、伯爵、子爵、男爵の順に偉いはずだ。
まさか、クイエートはものすごく偉い人なのか…?
「僕自身は公爵家の者ではないよ。事情によりその地位を預かっているだけ。」

俺の考えたことを読んだかのように言う。
けど、預かってるってことは何かしら繋がりがないと無理なことだろう。
そんなことを考えてたら肩にぬくもりが寄りかかってきた。

「ごめん、カズトシ。少し…寄りかからせて。」

疲れた顔をしたクイエートが弱々しい声で言う。
肩に寄りかかった頭を支えて、膝に乗せる形で横にならせた。

「…ありがとう、カズトシ。」


華やかな光の影を見て



少しでも支えたいと思ったんだ




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