cinque
満月が静かな夜を照らす。
日光とはまた違った月光が辺りを照らす夜は有象無象が蠢(うごめ)く。
「先生、本当に今日は怪盗クラウンは現れるのでしょうか?」
電気の消えた博物館内。
窓からの月明かりが頼りの薄暗い中で、僕と先生は物陰に身を隠して怪盗クラウンが来るのを待っていた。
「怪盗クラウンは満月前後に犯行を行っている。しかも、天候が崩れて月が隠れると彼は犯行を行わない。今日は満月で、今までこれは盗られていないし、明日は昼から曇りでそれからは雨が続く。ならば、今日しかないはずなんだが……。」
先生が『これ』と指したのは、一昨日から特別に公開されているクラウン。
つまり、王冠だ。
真ん中には大きなルビーが設えてある。
いくら待っても来ないため、緊張が途切れ、うとうとし始めていたその時、暗闇の中、衣擦れの音がした。
先生も僕も緊張してその音の方向を見る。
月明かりがあるとはいえ、怪盗クラウンの獲物から少し離れているせいか、闇には何も見えない。
カシャンと金属同士がぶつかる音がした。
「今だ!」
先生が叫ぶと、一斉に明かりが着く。
レミさんが電源のスイッチを入れたのだ。
眩しいのを堪えてクラウンを見るともうそこにはなかった。
その代わり、展示棚の前にいたのは、黒いフード着きのコートを着た、怪盗クラウンだった。
手にはクラウンを持っている。
「先生!」
「ルーク、落ち着きなさい。君が怪盗クラウンだね?」
何の行動も起こさない先生に焦れて叫ぶと宥められてしまった。
けれど、怪盗クラウンもその場から動かない。
「エルシャール・レイトンがお出ましとは。私も名高くなったものだ。」
テノールの声が響く。
フードの中を見ようとしても、フードの中は真っ暗で口元しか見えない。
「だけどまだ、返すわけにも捕まるわけにもいかない。」
怪盗クラウンは手のひらから直径1pくらいのボールを床に落とす。
すると、割れたボールから煙が吹き出してきた。
「わっ!?先生!前が見えません!」
「ルーク、大丈夫だよ。すぐに消えるはずさ。」
先生の言葉通り5分くらいで煙は薄れてきた。
しかし、そこに怪盗クラウンの姿はなかった。
「怪盗クラウンがいません!」
「やられたね……。ん?」
先生の目線の先には展示台。
そこにはあっておかしくはないけれど、あるはずのないものがあった。
「先生!クラウンが戻ってます!」
そこには怪盗クラウンが持って行ったはずのクラウンが。
もうすでに返したというのだろうか?
「本物のようだね。追いかけるよ、ルーク。」
博物館を出ると、屋根を走る影が見えた。
それを車で追いかける。
先に追いかけていたレミさんのスクーターが見えた。
怪盗クラウンを追い越すとスクーターを乗り捨てたレミさんは屋根に登る。
そして怪盗クラウンに立ちはだかった。
「ここまでよ、怪盗クラウン。」
しかし、怪盗クラウンには慌てるような様子は微塵もない。
「聞いていた通りおてんばなお嬢さんだな。」
レミさんは有無を言わせず、怪盗クラウンに詰め寄り攻撃を繰り出すが、怪盗クラウンは身軽にそれをかわす。
「失礼。お嬢さんを傷つける趣味はないのだが、こうしないと自分の身が危ないからな。」
先ほどと同じようなボールをレミさんの真上に投げる。
空中で割れて出てきたのは煙ではなく網だった。
「きゃっ!」
その網はレミさんを捕らえ、動きを封じた。
レミさんに気をとられているうちに怪盗クラウンは消え去り、姿は見えない。
そうして、月が照らす元の静かな夜が帰ってきた。
END
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