視界が滲むのも胸が痛いのも全部 after

「……………………ん」


ぼんやりと、天井が見える。
目を擦る視界に自分のものじゃないパジャマの裾が映って、うつろな思考が一旦停止した。


「……あ、れ?」


起き上がろうとすると、ずきんと重く腰が痛んだ。身体がだるい。やっと動き出した脳みそが、昨日の記憶を掘り返す。そうだ、ここはクイエートの家だ。雨宿りさせてもらって、シャワーを借りて、紅茶を飲んで、そしたらクイエートが裸で

(……………………え、っと)

全部思い出した。
自分でも恥ずかしいぐらい顔が熱くなる。

(わぁ、ちょっとっ、なんだこれ!)

クイエートの声や表情や、触ってきた指や舌の感覚が鮮烈に浮かんできて、思わず頭をぶんぶん振る。だめだ、振っても全然おさまらない。頭の中にクイエートしかいない。だって、だって仕方ないじゃないか。


(あんなことされたら…っ)


流されてしまったとはいえ、とんでもないことだ。でも、ひどくはされなかったし、むしろ彼はとても優しかったと思う。ああ、頭の中がぐるぐるする。


(好き、って)


ふと、彼の言葉を思い出す。好きだって。
俺のことを好きだって、クイエートは言ってくれた。好きだって言ってキスして、好きだって言って触ってくれた。俺だってもういい大人なんだし、抵抗だってできたはずだ。でも俺は、

(………俺は?)

クイエートが名前を呼んでくれたのを覚えている。何度も、優しい声で囁いてくれた。決して嫌じゃなかった。クイエートのその声や腕が、気持ちいいって、思った。


「――…………っ」


心臓がどきどきする。

俺は、





「ミズタニくん?」

「わぁああっ!」

背後から聞こえた声に驚いて、変な声をあげてしまった。


「く、クイエートっ」

「あの、ごめんね驚かせて」


俺の大袈裟なアクションに困ったように苦笑いを浮かべる。ああ、どうしようなんだか


「身体は…その、大丈夫?」


すまなそうに声を小さくして、クイエートが枕元に腰掛ける。

(わ、わっ)

だめだ、どうしても意識してしまう。
ふわりと伸びてくる手に、昨日の記憶が重なる。恥ずかしくて思わず目をつむった。


「…………ミズタニくん…?」


はっとクイエートを見上げると、驚いたように目を見開いていた。そしてすぐ、いつもの笑顔に戻る。


「…そうだよね、こわかったよね。……ごめん」


手を下ろすその笑顔が、なんだか泣きそうだった。


「あ、あのクイエート…っ」

「おなか、すいたよね?朝ごはん用意してくるから」


ふいっと顔をそらしてクイエートが立ち上がる。


「待って…っ」


俺は咄嗟に彼の服の裾を掴んだ。


「…ミズタニくん?」


どうしたの、と浮かべる笑顔が俺にはつくりものに見えて。


「クイエート、聞いて…、違うよ」


裾をぎゅっと握りしめる。
なんだか、どこかに行ってしまいそうな、消えてしまいそうな背中だから。


「昨日は、その、びっくりしたけど…俺は、嫌じゃなかったんだよ」


自分自身に言い聞かせるようにゆっくり言葉を紡いでいく。


「俺だってもう子供じゃない。抵抗なら、いくらでもできたはずなのに。…クイエートが」


クイエートが、優しく笑って、


「クイエートが好きだって言ってくれたの、う、嬉しかったんだ」


喋っていて恥ずかしさのあまり何が何だかわからなくなってきた。


「………本当に…?」


掠れた声の先を見上げる。
クイエートの長い睫毛が震えていた。


「俺、これが好きってことなのか…まだよくわからない。でも、でも俺は、クイエートが側にいてくれるのは、すごく嬉しいよ」


恥ずかしくて今すぐそらしてしまいたい目をまっすぐにクイエートに向ける。


「好きって、言えるようになるまで、…一緒にいてくれる?」



笑ってほしいんだ。
こんなに優しい気持ちにしてくれる君に。

(いつからか、君の笑顔が頭から離れなくなっていたんだよ)


「……いいの?僕が、僕なんかがそばにいて。」

ポロポロとまた涙が溢れる。
嫌われると思ったのに、それでも仕方ないと思ったのに。
許してくれるどころか、そばにいることが嬉しいなんて言って貰えて。
夢なんじゃと思うくらい幸せだった。



「……そんな言い方、次にしたら、怒るからね」

手を伸ばして、涙を拭う。
なんだか、やっと本当のクイエートを見れた気がした。胸がきゅっとなって、気付いたらクイエートをそっと抱きしめていた。

「……ミズタニくん。ありがとう、すき、だいすき、おねがいだから、きらわないで。」

腕を背中にまわして服をギュッと掴む。
これで、ミズタニくんに嫌われたら生きていけないなと思いながら、ミズタニくんを抱きしめた。


END



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