そしてまた夢を見て
「うわぁ!?」
一体全体何が起こったのかわからなかった。
ただ街を歩いていただけなのに。
満月が登る夜。
夜釣りを終えた俺は街を歩いていた。
テムズの主は渡したし、雑魚はもう売ったから手ぶらのようなものだった。
だから、家までの道程を満月を眺めながら心地よい気分で歩いていたのに。
「わっ!?」
曲がり角で誰かとぶつかってしまったのだ。
お互い吹き飛ばされたようで、俺も相手も尻餅をついている。
けど、相手はすぐに何もなかったかのように立ち上がって手を差し伸べてきた。
その姿を見て驚く。
真っ暗なフード付きの足元まであるコート。
つまり、最近よく噂を聞く怪盗クラウンではないか。
「大丈夫か?」
優しそうな声に促されて手を取ろうとした時、背後からジェレミー警部の声がした。
その声に反応した怪盗クラウンが振り向く。
「うっわ!?」
「悪い、しばらく我慢しろ。」
いきなり怪盗クラウンは肩と膝裏に手を入れて、つまり俗にいうお姫様抱っことかいうやつで俺を抱えて走り出したのだ。
「うわぁ!」
怪盗クラウンは身軽なもので俺を抱えたまま、屋根まで飛んだり、屋根と屋根を渡ったり。
途中で意識が遠くなるのを感じた。
キィと微かな音を立ててドアが開かれる。
それに気づいたデスコールは読んでいた論文から顔を上げた。
すると、そこには帰ってきたここの部屋の主の姿。
ただ、いつもと違って布に包まれた大きな何かを両手で抱えている。
それは、大きさ形からして人間だと伺える。
「いったいそれは何だ?」
思わず聞いてしまったのは仕方ないだろう。
彼が誰かを連れてきたことは一度もないのだから。
「あぁ、人、だ。抱えて走ったら気絶した。」
簡潔な答え。
それは余計なことは聞くなという拒絶が含まれていた。
「いったいどこを走ってきたらそうなる?そいつをどうするつもりだ?」
抱えて走ったら気絶するなんて聞いたことがない。
多分、彼が何かしたのだろう。
「いつもと同じだったのだが。帰すさ。すぐに、な。」
それをソファーに寝かせる。
顔を見れるかと思ったが、布が邪魔で見ることが出来ない。
彼は戸棚をあさり何かをポケットに突っ込んだ。
そして、またすぐにそれを抱えて出ていく。
そんなに大事ならここに連れて来なかったら良かったものを。
気づくとベッドに寝ていた。
だけど、それは俺には見覚えはない。
辺りを見渡してもシックでまとめられた部屋は心当たりがない。
「大丈夫?」
声をかけられたほうを見ると知った顔があった。
それが今は心配そうに歪められている。
「痛いところとかない?」
首を横に振るとホッとしたような顔をされた。
「あの、俺……どうして……?」
かすれた声で聞くとクイエートは苦笑しながら教えてくれた。
「僕が帰ってきたらベッドに寝てたよ。びっくりしたんだから。詳しいことは、また明日、ね。」
はい、とハーブティーが渡される。
丁度いい温度とハーブの香りに安心感が広がる。
全て飲み干すと、さっきまで寝てたはずなのにまた眠気が襲ってきた。
「眠い?寝ていいよ。」
横になると枕元に座ったクイエートが頭を撫でてきた。
その気持ち良さに眠気が助長される。
「おやすみ。」
そう言った時の泣きそうなクイエートの表情が気になったのに、俺もおやすみって返したかったのに、意識は暗闇の中に落ちていった。
そしてまた夢を見て
(どうか、どうか)
(いい夢を)
END
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