その甘さにだまされて

「やぁ、ミズタニくん。久しぶり。」

大学のエントランスで声をかけてきたのは、この間クルーズカフェで会った人だった。

「クイエート、さん。」

「やだなぁ。そんな他人行儀に呼ばないでよ。呼び捨てでいいからさ。」

苦笑しながら目の前の椅子に座る。
奇しくもこの間と同じ位置、だ。
この間されたことを考えると警戒せずにはいられない。
けど、そんなことは他所に、ほら、と促してくる。

「クイエート、くん。」

さすがに呼び捨てで呼ぶのは憚られて、君をつける。
けれど、クイエートさんはそれが気に入らないらしい。

「くんもいらない。ちゃんと呼ばないと、ね?」

頬にクイエートさんの手のひらが添えられる。
氷のように冷たいその温度に背筋がゾッとした。
ってか、呼ばないと何する気なんだ、この人は。

「クイエート。」

呼び捨てにすると満足したのか、クイエートは手を離してにっこり笑う。

「そうそう、そう呼んでね。」

その笑顔は綺麗と言えるもののはずなのに、なんでそう純粋に思えないんだろう。

「これ、ミズタニくんにあげるよ。」

鞄を探って出してきたのは白い箱にブルーのリボンをかけたもの。
何かわからなくてクイエートの顔を見る。

「今日はバレンタインでしょ。だから、ね。」

いや、だからって男が男に渡すものじゃないんじゃって思う。
でも、悪い気はしなかった。

「ね、食べてよ。」

促されてもらった箱を開けるとガトーオペラとプラリネが数個。

(ちょっと待て!これって高級フランス菓子じゃ!?)

一気に顔が青ざめた。
けれど、ガトーオペラもプラリネもこの辺りでは売っていない。
ということは手作りなのか。

「はい。」

ぐるぐると色んなことを考えてた俺の前に、一口大に切られたガトーオペラが刺さったフォークが差し出される。
クイエートを見るとにこにこと笑っている。
このまま食べろってことか!?

「……。」

葛藤すること数分、いやもしかしたら1分も経ってなかったのかもしれないが俺には長く感じた。
彼が退きそうにないことを悟り、観念してガトーオペラを口に入れる。
ほろ苦さと甘さ、しっとりした生地とチョコの組み合わせが絶妙だ。

「ミズタニくん、ここ、着いてる。」

クイエートが指し示したのは口の横。
慌てて拭うけれど、取れたかわからない。

「違う違う、反対だよ。」

クイエートは苦笑しながら口元を拭ってくれる。
そして、その指についたをチョコを舐めたのだ。

「……ちょっ!?」

「え?……なに?」

なんだかわからないという顔で見つめられる。
無意識の行動なのか、天然か。
こちらの気持ちなんてお構い無しだ。

「あ、実はね、それ魔女の秘薬いれたんだけど。どう?」

もう一口と口に入れられた途端に言われた言葉に青ざめる。
人に何てものを食べさせてるんだ!

「なんてね。何も入れてないから安心していいよ。」

そんな顔、させたかったわけじゃないんだ。
そう言われてもどうしていいかわからない。

「じゃ、またね。」

そう言って立ち去ったクイエートの手には紙袋。
中身が少し覗くその箱達はあげるものなのか、もらったものなのかわからない。
もやもやしつつ、その後ろ姿を見送る。

「あら、ミズタニくんももらったの?」

声をかけてきたのはレミさん。
箱の中をのぞき、拗ねたように口を尖らせる。

「いいなぁ、私のにはガトーオペラは入ってなかったわ。」

レミさんから告げられた事実に頭が真っ白になる。
いったいどういうつもりなのか。


その甘さにだまされて



END




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