君の背中には羽根がある2

※キャプテンが自分の気持ちに気付いてからのお話。



天馬が神童家に預けられることが決まってから一週間ほどした日。神童は未だ寝ている天馬のベッドへ腰をかける。
天馬を引き取ってから、着脱衣、食事、入浴や排泄まで、全ての面倒を神童が見た。勿論、使用人たちの手を借りることもあったが、神童としては、慣れたら全て1人でやりたいと考えていた。

(…天馬…。)

神童は天馬の髪を撫でる。昨夜も神童がこの髪を洗ってやったので、自分と同じシャンプーの匂いがする。神童がこうして天馬の世話をすると、天馬はずっと申し訳無さそうにしていた。そのたびに神童は好きでやっているからと宥めるが、天馬にはその好きの意味が通じておらず、やはり申し訳無さそうなままだった。神童も神童で、伝わって居ないことを知りながらも、はっきりと言えずにいる。そうやってもう一週間も過ごしたのだ。

(言ったら、天馬はどうする?この状況で言って断れる奴じゃないだろうな…)

神童は自嘲した。自分が今想いを告げれば、ここまでの面倒を見ている自分を天馬は拒めない。それを逆手に取って告白するほど、神童は卑怯ではないのだ。

「んん…キャプテン…」

不意に、天馬が目を覚ました。天馬は目をすりながら、未だ下半身に力が入らないことに慣れず、随分と苦労しながら肘を立てて半身を起こした。

「無理に起きるな。俺が起こすから。」

「大丈夫です。早く慣れないと……いつまでもキャプテンに迷惑をかけることはできませんから。」

こういう時、神童は天馬の大人びている一面を感じる。普段は無邪気で、少し図々しいくらいの、子供っぽい天馬だが、他人にかける迷惑だとかには人一倍敏感な感じがする。こういう天馬を見る度に、無性に甘やかしてやりたくなる。
神童は天馬を、所謂お姫様だっこで抱え上げると、車椅子へと移した。

「わっ…!」

「もう朝食は出来ている。少し冷めただろうから温め直そう。」

「だっこするまえに何か言ってくださいよ…」

お姫様だっこが嫌だったのか急にだったのがいけないのか不満げな天馬に、神童はふっと笑うと、車椅子を押してダイニングへ向かった。


食事を済ませた2人は、学校へ向かう準備をする。そのために着替えなくてはならないのだが何度やっても天馬は渋る。素肌を見られるのは恥ずかしいらしい。それだけじゃなく着替えさせて貰うのだから、恥じらうのも無理はない。とりあえず神童は毎度ながら天馬をベッドに押さえ込んで馬乗りになり、それから強制的に着替えさせていく。

「我慢しろ。これから毎日ずっとだぞ。」

「だって、キャプテンの体はすごく綺麗で細いのに、俺はぷにぷにだから…」

「女子じゃないんだから気にするな」

「…ううう……」

最後には大人しくなる天馬から退き、下を穿かせる。風呂や排泄を手伝って、裸など何度も見た神童だが、何度見てもドキドキしてしまうのが男心であった。

「よし、できた。」

「………」

神童は、ようやく天馬を着替えさせると、天馬を車椅子に座らせてから、今度は自分の着替えに入る。他人を着替えさせるより手間がかからないがあっと言う間だ。だが、神童が着替えさせ終わってから、天馬はずっと俯いていた。神童自身が着替え終わる頃、天馬は重々しく口を開いた。

「…やっぱり変ですよ、こんなの。」

神童は天馬を見やる。天馬は俯いて震えていた。

「…こんな、おれみたいなただの後輩の世話をここまでして、キャプテンは何の得にもならないじゃないですか。それに、おれの足はもう治らないのに、いつまでもこうしてたら、キャプテンは彼女もお嫁さんも貰えなくなっちゃいます。おれ…キャプテンの幸せを奪ってるんだなって思ったら、もう耐えられなくて…」

天馬は大きな目を泣きそうなほど滲ませていた。神童は深い溜め息を吐いた。

「…………遅刻するから、とりあえず行くぞ。その話は帰ってからな。」

神童は天馬の答えを待たずに、車椅子を押し出すと、使用人の運転する車に天馬を乗せ、自分も乗り込んだ。

学校に着いてからは、天馬とクラスを同じくする葵と信助に任せることになっている。天馬も神童も、決してお互いに目を合わさず言葉も交わさずに、一旦別れたのだった。

「浮かない顔だな、神童。」

教室に入ると真っ先に霧野に言われた言葉だ。自分はどんな顔をしていたんだろうと思い、頬を押さえて適当に表情をつくる。その様子に、霧野は少し笑う。

「浮かない顔してても、お前は美形だから安心しろ。…で、天馬と何かあったのか?」

いきなりの核心をついた質問に戸惑う。ただ、自分のことも天馬のことも良く知る霧野になら話せるだろうと口を開いた。

「あんな風に、ただの後輩の面倒を見るなんておかしいって言われた」

「ああ…そりゃそうだな。でも、天馬はお前にとってただの後輩じゃないんだろ?」

霧野のストレートな質問に面食らいつつ、相手が自分を理解してるからこそ訊いてくるんだと思えば、本当のことを口にした。

「…まぁ、な。でも天馬は自分が居たら、俺が幸せになれないと思ってる。」

「そうか。」

霧野は、うんうんと頷いた後、確信を持って神童を見つめた。

「神童。もう天馬に言って良いんじゃないか?」

神童はぎょっと目を丸くした。

「なっ…なっ…」

「もし振られたら、沖縄に返せばいい。もしこのまま隠しても、納得がいかなかったら天馬は自分からお前を離れていくぞ。それが一番傷つくんじゃないか?」

確かに霧野の言うとおりだった。自分の思いを告げないまま天馬が離れていくのはつらかった。

「…そうだな。今日、話すよ。天馬に全部。」

神童の表情が少しだけ晴れたのを、霧野はにこやかに見上げた。


放課後の練習。天馬はマネージャーたちと一緒にベンチに座っていた。その目は、練習風景を見るわけではなく地面に向けられていた。天馬の顔は朝よりも張り詰めていた。そんな天馬を、案じる視線が神童以外にあったことを、神童は知らなかった。

練習が終わっても、天馬と神童は口を交わさなかった。ただ機械的に家に帰り、神童は部活でかいた汗を流すためにシャワーを浴び、その間天馬は部屋でずっと考え事をしていた。

(…おれはどうしたら……)

キィ、と音を立てて、扉が開く。シャワーを浴びた神童が部屋に入ってきた。

「悪いな、天馬。お待たせ。」

「…いえ、大丈夫です。」

「今朝の話だけど…」

「キャプテン、その事なんですけどおれ、やっぱり、キャプテンちでお世話になるのは止めようと思うんです。」

神童は思わず絶句した。天馬は構わずに続けた。

「…今日、剣城に言われたんです。剣城のお兄さんみたいに病院で面倒見てもらう方がいいって。ちょっとお金はかかるけど、沖縄のお父さんに出してもらって、あと入院保険ていうのでちょっとどうにかして、そしたら、キャプテンに迷惑かけることないですし…」

剣城が何故、そう神童の頭をよぎった。

「…なんで剣城が…」

「…剣城は……いや、今日剣城に、おれが好きだと言われました。だから力になりたいって、病院にならいつでもいけるし、お兄さんもいるから、剣城が色々面倒見てくれるって…」

その言葉に愕然とした。剣城は天馬が好きだ。そしてそれを告げたらしい。何より、それを聞いた天馬が剣城の世話になりたいと意志を示している。その事実が神童に重くのし掛かった。

「……天馬は…剣城が好きなのか」

「いえ、そういうんじゃないです…でも…ただの先輩なキャプテンよりも、おれを好きだって言ってくれた剣城にお世話になるほうがいいのかなって…」

「…そう…か……」

神童は少しだけ安心した。だが、状況は変わらない。天馬は神童が何と答えるかを待っていた。

「だから、キャプテン、おれ…」

「天馬。」

神童は、天馬を抱き締めた。天馬は思わず息を止めた。

「…聞いてくれ、俺もお前が好きだ。だから面倒を見てやりたい。他の奴には任せたくない。愛している。だけどもしお前が剣城を選ぶなら、俺が病院への手続きまでは済ませてやる…どうする?」

神童は言い終わると天馬から離れた。天馬は、何が起きたかわからないような顔をしていた。

「…キャプテンも…おれを?」

「ああ、剣城なんかよりずっと、俺の方がお前を愛しているって思ってる。」

瞬間、天馬の中で何かが弾けた。

「わああああああん!」天馬は顔を手で多いながら、ボロボロと泣き出した。神童は動揺して声もかけられない。

「てん、ま」

「うあぁああん…きゃぷて…っ、おれ、キャプテンが…すっ…すきで…だから、めーわくと、か…かけたく…なくて、…っ…キャプテ、に…しあわせにな…て…ほしく、…て…」

ぐすぐすと、天馬は泣きじゃくる。目からは大粒の涙がボロボロと零れる。神童はようやく、自分がすべきことを理解すると、再び天馬を抱き寄せた。

「…泣くな、天馬…俺はお前とならいくらだって幸せになれる。だから泣くな…」

神童は腕にぎゅっと力を込める。天馬は神童の背中にしがみつくように腕を回した。

「サッカー…でき、なくても…っ…キャプテンが…い、てくれたら、おれ、しあわせ、なんです…キャプテンが、だいすき…なんです…っ…」

「わかった。わかったから。俺もだから。な?」

神童はひたすら天馬の背中を撫でてやる。そうして、抱き合って見えないまま、神童も一筋だけ涙を零した。






「起きろ。天馬。」

神童は天馬を揺する。天馬はううんと唸った。

「お前は着替えに手間がかかるんだ。早く起きろ。」

「…はぁい…。」

目を覚ました天馬を強制的に、もちろんお姫様だっこで、車椅子へ移すと、車椅子を押した。

「…キャプテン、…おれの人生、キャプテンにあげますね。」

「どっかで聞いたことある台詞だな。」

「ふふふ。不束者ですが末永くよろしくお願いします。」

天馬は柔らかく微笑んで、そっと神童の手に自らの手を重ねた。



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簡潔しました。前作の終わりと繋がらないので、前作の最後を改変しちゃいました。5000打リクエストで続きが見たいという意見がありましたので。最終的に我が家のハッピー拓天はバカップルです。剣城ごめんね。
タイトルはKinKi Kidsさんの曲を捩った感じで、足がだめでも見えない羽根があるから前へ進んでいけるってイメージなんですけど内容に生かせてないですね。天馬の翼は拓人さんの愛です。

リクエストくださった方、ありがとうございました。

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