その髪を撫でる

「髪を洗わせて欲しい」

そうキャプテンに頼まれたのは金曜日のこと。キャプテンは昔は美容師を目指しているのだけど親に反対されていて、どうしても諦められないから時々三国先輩の髪を切ったり、霧野先輩の髪をセットしたりするらしい。キャプテンはなんでも出来てすごいなぁ。ともかく、金曜日に髪を洗わせて欲しいと頼まれたので、じゃあ週末にと言うことで、今日はキャプテンのお家にお邪魔している。

相変わらず、キャプテンのお家は広い。というかお家というよりお城だ。来る度にそう思わされる。執事の方の後ろをついて行きながら廊下を歩き、キャプテンのお部屋に通されると、そこにはピアノを弾くキャプテンの姿があった。キャプテンは俺に気付くと演奏を止め、こちらに歩いてくる。

「待ってたぞ、天馬。とりあえず、浴室に行こうか。」

にこり、キャプテンが柔らかい笑みを浮かべる。いつからかキャプテンがこんな風に笑ってくれるようになったことが、俺にはすっごく嬉しかった。


キャプテンの後についていき、キャプテンの部屋の横の浴室に入るとそこは俺の部屋よりも広くて、まるで銭湯だ。練習の後にすぐにこんな広いところでシャワー浴びてお風呂に浸かれたら本当にに気持ちいいだろうなぁと思う。髪はこの脱衣場の洗面台で洗うらしい。

「美容室みたいなちゃんとした設備がないから、こんなとこだが…。あ、これを着てくれるか。」

手際良く、キャプテンが俺の首にタオルを巻き、カッパのようなものを着せてくれた。本当に美容室で着るやつみたいだ。

「本格的ですね。」

「雰囲気だけでもせめてな。」

キャプテンは楽しそうに笑った。



ある程度準備が終わると、俺は洗面台の前で鏡に背中を向けて椅子に座った。キャプテンに言われるように、洗面台の縁に頭を乗せた。

「姿勢、つらくないか?」

「平気です。」

「じゃあ、まずはお湯をかけてくからな。」

キャプテンのお家の洗面台はノズルがシャワーみたいに伸びる式で、美容室さながらだった。キャプテンは俺の顔にタオルを乗せると、ゆっくり毛先からお湯をかけていった。

毛先がお湯を吸って、少しだけ重くなる。キャプテンが普段ピアノを弾く指が俺の髪を梳く。

「湯加減は大丈夫か?」

「はい、とっても気持ちいいです。」

「なら良かった。」

キャプテンはゆっくりと、髪全体にお湯を馴染ませていった。髪を根元から梳かれる度にこそばゆい。

「次、シャンプーしてくからな。」

ふわ、とシャンプーが香る。キャプテンの髪と同じ匂いがした。

「俺、この匂い好きです」

「俺が普段使ってる輸入のやつだ。花の匂いらしいな。」

なるほど、きっと高いんだろうなと思う。キャプテンは高いなんて思ってないような口調だけど。

わしゃわしゃと、キャプテンが俺の髪を洗い始めた。なんかへんな気持ちである。

「痒いところがあったら言えよ?」

「今のところ大丈夫です。」

キャプテンが美容師みたいに訊く。すぐ顔の近くでキャプテンの声がしてドキッとしてしまった。

キャプテンは、耳の裏あたりまで丁寧に洗ってくれていて、すごく気持ちいい。本当に美容師さんにやってもらってるみたいだ。タオルの下で自然と瞼を閉じる。

「このまま寝ちゃいそうです…」

「別に寝ても良いぞ」

「せっかくキャプテンに髪洗ってもらってるのに寝れませんよー」

寝たら勿体無い気がした。キャプテンの手を感じていたかった。それくらいに気持ちがよかった。

「まぁ、後は流してトリートメントするくらいだしな。」

そう言うと、再びキャプテンが毛先からお湯をかけ始めた。最初ほどぞくぞくする感じはしないけど、優しいキャプテンの手つきは少しドキドキした。わしゃわしゃと、丁寧に濯いでくれている。

「天馬の髪、柔らかいな。」

「そうですかね?」

「ああ、指に絡む感じが気持ちいい。」

「俺もキャプテンの手、気持ちいいです。」

「良かった。」

きっと今キャプテンは笑ってるんだと思う。それくらい優しい声だった。

パンパンと、タオルで軽く髪の水気を落としてるみたいだ。

「流さないトリートメント付けたらもう乾かすだけだ。」

そう言って、半乾きの髪に何かを馴染ませてる。こちらも良い匂いがする。キャプテンがするりと髪を梳く度に、あっさりと指が通る。普段なら少し引っ掛かるのに、キャプテンに洗ってもらうと違うなと思う。

「よし、こんなもんか」

キャプテンが顔にかけていたタオルを剥がす。蛍光灯が眩しい。
ゆったりと体を起こすと、キャプテンがドライヤーを当て始めた。キャプテンが指で梳いた隙間にドライヤーの温かい風が入り込んで頭皮に触れる。キャプテンは美容師さながらの手つきで、櫛を使ってドライヤーを当てる。

「天馬は癖っ毛だな。乾かしたらすぐに渦が出来た」

「変ですよね」

「俺は可愛くて良いと思う。」

クスクスとキャプテンが笑った。キャプテンに可愛いと言われたのが今日一番くすぐったい気がした。

髪がある程度乾くと、仕上げにヘアクリームを塗ってくれた。

「わー!すごい!なんかさらっさらですよ!」

鏡を見れば、髪型は変わらないけど、艶のある髪になっていた。思わず指で髪を梳きたくなる。

「天馬は髪質がとても良かったんだ。ちゃんとケアすれば、これを保てる。」

キャプテンが優しく髪を撫でる。興奮して髪を触ってた俺の手が、キャプテンの手に触れて無性にドキドキしてしまう。

「ありがとうございます。」

「いや、付き合わせて悪かったな。」

「とんでもないですよ!嬉しいです!」

「そうか、良かったらまた付き合ってくれないか。」

「俺でいいなら!」

キャプテンがまた笑う。俺は今日ずっとドキドキしていた気がする。なんとか誤魔化すように、キャプテンに話し掛けた。

「ねぇキャプテン、せっかくキャプテンと休日に会ってるんで、俺、サッカーしたくなっちゃいました!」キャプテンは呆然とした顔ののち、頭に軽く拳骨してきた。

「…お前…今俺が髪を綺麗にしてやったばかりなのにまた汗をかく気か…」

「えっ!!!?あっ!!!すみません!!!」

「はぁ…仕方ない奴だな。」

キャプテンは俺の首のタオルを取ると溜め息をついた。

「また洗ってやるから、河川敷いくか。」

「はい!!!!」



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キャプテン視点で書かなかったことを非常に後悔しています。洗髪とか散髪とかってシチュエーションが好きなのでまた何か書くかもしれないです。

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