last saying
※学年操作あり
雷門中のホーリーロード連勝は数々の学校に影響を与えた。帝国学園がシード排斥を行ったのをきっかけに、雷門中の試合を見たチームたちが、相次いで反旗を翻した。特に雷門中と実際戦ったチームにはそれが色濃く現れた。殆どのチームからシードたちが次々に地方のサッカー部のない学校に転校させられた。
そして天河原中も同じようにシード排斥に乗り出した。
「今日みんなを部室に集めたのは、もうみんなも知ってる通り、シード排斥についてです。うちの校長もそれに賛成のようで、シードの生徒を転校させろと言われました…。」
監督は重々しい口調で天河原イレブンたちにそれを伝えた。それに最初に反発したのは喜多だった。
「うちは隼総しかいませんが、隼総は立派な天河原イレブンの一員です!隼総の意志以外で転校なんて…!」
「そうだよ監督!隼総は別に何もしてねーじゃん!」
「ちょっと納得いかないよねぇ…」
喜多に次いで皆が口を揃えて抗議した。当の隼総は口を閉ざしていた。
「私も、隼総くんが天河原イレブンを潰すような真似絶対ないと思うから、転校には反対なの。だからね、隼総くん。条件があるの。」
「条件?」
聞き返したのは喜多だった。
「隼総くんが、雷門中の剣城くんのようにフィフスセクターに反逆するなら、私校長に隼総くんを残すようお願いしてみるから。どう?」
一見のみやすい条件のように思えたが、隼総は首を振った。
「俺は…フィフスセクターには逆らえない…」
「何故だ!?」
「なんでだよ!!」
隼総の答えに皆が同時に声を上げた。
隼総は黙ったまま俯いた。
「…じゃあ、2週間以内に、転校先と…落ち着いたらすぐ帰って来れるように簡素な下宿だけ用意しておくわ。あと、今日は私その書類作りに忙しいから部活はなしね。」
監督は隼総の肩に手を置いた。その表情は普段温厚な彼女の表情とはとても思えない程に暗かった。彼女は蚊の鳴くような声で「ごめんね」と呟くとその場を後にした。
残された天河原イレブンもまた、監督と同じように暗い顔をしていた。喜多だけは納得いかないような顔だった。
「…隼総…なんで…」
喜多の声は、憤りか悲しみか、震えていた。
「……母さんが、妊娠して、フィフスセクターの管理している病院に入院している。俺が逆らえば母さんと子供の命の保証はない…」
「そんなの脅しじゃねぇかよ!」
安藤が思わず声を荒げた。
「フィフスセクターの圧力はそれだけ恐ろしいってことだ。わかったらお前等も反逆なんかほどほどにしておけよ。」
そう言うと隼総は部室を後にした。
「俺たちも帰ろう…ここにいたって仕方ない」
喜多の言葉で我に帰った一同は、暗い顔のまま帰路についた。
家に帰った隼総は自室に籠もり、ベッドの上で悩んでいた。
隼総には好意を向けている人物がいた。喜多だ。隼総は転校の前に喜多に想いを告げるか否かを考えていた。
もし伝えたとして、相手はどんな反応を見せるだろう?嫌悪、侮蔑、畏怖、あらゆるマイナス的な予測が隼総の頭をよぎる。万が一、相手が受け入れたとして、転校してしまう自分と相手が付き合ったりできる訳もない。だが、伝えないで去れば後悔する、そんな気がしていた。
「どうすりゃいいんだよ…」
一方帰宅した喜多は、風呂に入りながら考えていた。
どうにか、隼総を引き留められないものかと。しかし、自分が可能な範囲では何一つ思い浮かばなかった。
溜め息に揺らぐ水面に、愛しい顔を思い浮かべる。喜多は隼総が好きだった。いつから、どうして好きかはわからない。だが自然と目が相手を追うのだった。喜多はもう一つ溜め息をつくと消えかけの残存を再び呼び起こす。
「…どうすればいいんだ…」
翌日の部活に、隼総と喜多の姿はなかった。普段サボらない2人の欠席に、周囲は動揺していた。
「そりゃあの隼総もヘコむわな…転校だし…」
「サッカー部のない学校か…」
「寂しくなるねぇ…」
皆話題は隼総のことがで持ちきりだった。
「喜多もショックだよな…転校してきた隼総を最初に受け入れたのあいつだし…」
「仲が良かったからな…」
まるで葬式のような空気に耐えかねた西野空が頭をかきながら唸る。
「あ〜っ!もう!キャプテンの喜多が居ないんだから今日の練習は…」
言いかけたところに、現れたのは隼総だった。
「…なんだ、練習終わりか?タイミング悪かったな…」
「隼総…なんで居るんだ…!?」
何故と聞かれれば不満そうに答えた。
「なんでって…後少ししか居てやれねぇ部活に顔出してやってんだからありがたく思……喜多はいないのか。」
きょろきょろと見回したが喜多の姿がない。隼総としては、1秒でも長く喜多を目に焼き付けたかった。
「喜多は誰かさんの転校のショックでひきこもりなんじゃない?」
西野空は冷やかすように言った。
「そうか…」
隼総は俯くと、来た道を引き返そうとした。
「待てよ。」
西野空が呼び止めると、隼総は立ち止まった。
「なんだ?部活ないんだろ。帰る。」
「ちがう。好きなんだろ。」
「はぁ!?」
西野空の唐突な質問に隼総は思わず声を上げる。
「だからぁ…すきなんだろ?喜多が。…このままでいいわけ?」
西野空の核心をつく質問に隼総は言葉を失う。
「…地方なんか行ったら、確実に中学のうちは会えないんだぜ?」
隼総の心を揺するように、西野空は語調を強める。
「…なぁ…隼総…」
「俺に…俺に…どうしろって言うんだよ…」
隼総は微かな声で一言だけ言うと、その場を去った。
帰り道、隼総は喜多の家の前で立ち止まった。
会っても話すことなどない。わかってはいたが会いたいと思った。偶然、喜多が自分に気付きはしないかと願った。しかし、そんな都合の良いことはもちろん起こらず、隼総は何もしないまま家に帰った。
それからしばらく、隼総と喜多は学校ですれ違っても話すことはなかった。隼総が喜多の家の前に行ったその翌日からは喜多が部活に参加したが、代わりに隼総が来なくなった。西野空が隼総に部活に出ない理由を問いただしたが、転校の準備で忙しいだけという答えが返ってきた。
数日後、監督は個人的に隼総を呼び出した。監督の声は弾むようだった。
「聞いて、隼総くん。私、なんとか交渉してみたら、首都圏で転校先を見つけられたの。ここから電車でいける距離だから下宿も必要ないんじゃないかって。良かったわね。」
「…本当ですか!ありがとうございます。」
「手配はもう出来たから、後は隼総くんのタイミング次第で明後日くらいからは向こうに登校できるけどどうする?これだけ近いならお別れもあんまり必要ないわよね。」
「そうですね。じゃ、明後日、そちら学校に行きます。」
「わかったわ。いつでも、天河原にサッカーしにおいでね。」
監督はいくらかの書類を手にしながら、その場を立ち去った。
隼総にとってはとても嬉しい知らせだった。またサッカーができる。またみんなと会える。また喜多に会える。
浮かれるような表情の隼総が校門抜けた時、道の真ん中で、"ある人物"が隼総を待っていた。その人物を見た瞬間、隼総の表情は一変した。
転校の日にちと転校先はそれが決まった翌日に監督の口から天河原イレブンに伝えられた。そして今日がその前日。ちょうど隼総が監督に呼び出されて"一週間"程のことだった。 その日の放課後、監督の提案で部室でお別れ会を開くことになった。
「…お別れ会って…小学生じゃあるまいしさぁ…だいたい近所ならこんなのいらないじゃん…」
「文句があるなら帰っていいわよ西野空くん。」
「いやぁ楽しいなぁお別れ会!」
部員全員に召集がかかったが、喜多の姿だけはなかった。
「喜多の奴、遅れてくるって。学校には来てたんだけど、一回帰ったみたいだぜ。」
安藤はなにやらニヤニヤしている。
「やっぱりメインは最後だよなぁ。」
「何がだよ」
なにやら怪しい安藤の口振りに隼総は訝しげだ。それに対し、安藤は必死になんでもないとごまかした。
ふと、監督も気になって、こっそり星降にたずねた。
「喜多くんどうしたの?」
星降は、隼総がこちらを見ていないか確認すると声をひそめた。
「昨日安藤が喜多に相談されたらしくて。今日隼総に告白しようかって。」
「あらぁ!!」
「しーっ!声でかいですよ監督。とにかく隼総以外みんな知ってるんで、みんな今日は別れを惜しむというより結婚披露宴みたいな気持ちなんですよ。」
「そうなの…きっと泣きながら別れるよりもそのほうが隼総くんも嬉しいわね」
監督は、未だ安藤を疑っている隼総のほうを見ると目を細めて笑った。
数時間、部室でぐだぐだ話したり、監督が買ってきてくれた差し入れの菓子を食べたりした。みんな明るく振る舞い、誰一人暗い表情の者は居なかった。
そしてようやく、喜多が入ってきた。何やら顔が真っ赤だ。
「遅れて…すまない…」
「顔赤いぞ、大丈夫かよ」
隼総は喜多を少し心配そうに見つめた。
「これは…その…走ってきたから…」
「ならいいけどな。」喜多のごまかしを疑う様子もなく隼総は仲間との会話に戻った。喜多は隼総の近くにいたが、緊張して話にはなかなか入れずにいた。
「あ、そうだ、6時には帰らないとな…色々準備あるし…」
ふと思い出したように言うと隼総は時計を見た。
「げっ…5:50…そろそろ支度しねぇとな…。」
はっと一同の視線が、喜多に注がれた。喜多はまだ、言い出せずにいた。見かねた安藤が小声で喜多に話し掛けた。
「なんで言わねえんだよ喜多」
「ふ…ふたりきりにならないと…」
「乙女だな…。じゃあ見送りは喜多ひとりでいけよ。」
安藤は喜多の肩をポンと叩くと、他のメンバーにこっそり伝えた。
隼総は支度を終えると、軽く手を上げた。
「じゃ、俺帰るわ。」
「…隼総!送るよ!」
咄嗟に喜多が声を上げた。隼総は目を丸めた後、頷いた。
「俺ら部室片付けるからキャプテンだけでよろしくー。」
すかさず安藤はふたりきりにするためのアシストを加えた。
「本当お前ら冷たいなー。いいよ喜多だけで仕方ねぇなー。いくぞ喜多。」
隼総は不満を漏らすと、さよならも言わないまま喜多と部室を出た。
肩を並べて歩く。気まずい沈黙。お互い一言も発することができない時間が続いた。先に口を開いたのは隼総だった。
「…本当に楽しかったよ。天河原に転校してきてからさ。馬鹿ばっかで、うるさくて。」
隼総の話す声がしんみりしていて、喜多は聞き入ってしまう。
「初めに喜多を見たときにさ、馬鹿のなかに優等生が1人浮いてるってイメージだったけど、お前がいたからチームがまとまってたよ。」
歩きながら、隼総は笑った。
「…ありがとうな、喜多…」
喜多は泣きそうになるのを堪えながら俯くと、ようやく声を絞り出した。
「…隼総…俺……」
「喜多…ここでお別れだ。」
隼総は喜多の言葉を遮って、つぶやいた。喜多が顔を上げると、目の前には見知らぬ男が立っていた。
「隼総くん…お待ちしてましたよ。迎えに来ました。」
「すみません、黒木さん。」
隼総はその男の方へ歩み寄ると、喜多の方を振り向いた。
「あの日、監督から転校先を聞いた後、帰りに黒木さんに会ったんだ。黒木さんて言うのは…まぁ、フィフスセクターの関係者だ。」
「…隼…総…?」
隼総は単調に、感情のない声で話す。
「黒木さんが、寮もある転校先を見付けてくれたんだ。そこでなら俺はサッカーを続けながら、フィフスセクターに従うことが出来る。」
喜多は嫌な予感がして後退る。聞いてはいけない気がするが、震える声で聞いてしまった。
「…どこの…学校にいくんだ…?」
隼総は喜多に背を向けると、はっきりした声で告げた。
「…イタリアだよ。」
喜多は目の前が真っ暗になった。
「サッカーの名門だ、すごいだろ。」
「隼総くん、飛行機の時間が、」
「すみません黒木さん。もう大丈夫です。じゃあな、喜多。」
隼総は黒木の車に乗り込むと、ドアを閉める前に、一言だけつぶやいた。
「お前が好きだったよ。」
すぐドアは閉ざされ、車は名残惜しむ間もなく発車した。
「なんでもっと早くに言わないんだ…っ」
喜多の声はエンジン音にかき消された。
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