狩屋と霧野
2012/01/16 18:13
他の生徒はもう殆ど下校している時間。霧野は日直の仕事があり教室に残っていた。帰りの支度をしていると、隣の席の下に見覚えのあるハンカチが落ちていたのを見つけた。神童のものだ。忘れ物などアイツらしくないと思いながら、霧野はそれを拾う。ふと脳裏に、昼間の光景が浮かぶ。それは給食を食べているとき。今日の神童はやたらと浮かれていた。どうやら恋人と下校デートの約束があったとか。そのせいで神童は食事の時も上の空で、口内に運ぼうとした箸を、唇に押し当てた。そして慌ててハンカチで口を拭う、という、本当に神童らしくない出来事があったのだ。
それを思い出しながら、霧野は震う手でハンカチを握る。神童の口が触れたハンカチ。霧野は恐る恐るそのハンカチを自分の口元へ押し当てる。神童の家の匂いと同じだ。霧野はその場にへたり込むと、神童の名を小さく口にしながらハンカチを口元へ押し当て続けた。背徳感と罪悪感は腐るほどあった。それでも、何年もかけて積み重ねてきた恋心はその行為を止めさせることを許さなかった。その時、
「霧野センパイ?」
聞き覚えのある声がした。扉の方を見ると狩屋がいた。狩屋は二年生の教室だなんてことを遠慮せずにづかづかと入って来ると、座り込む霧野の顔を覗いた。
「センパイ、悪阻ですか?」
「そんなわけあるか、男だぞ。」
霧野は冷静に応えると、立ち上がり、制服を払った。こんな時に狩屋に会うなんて最悪な気分だった。
「じゃあどうしたんですか?」
「……ハンカチを落としたから拾っただけだ」
「じゃあなんで匂い嗅いでたんですか?」
「え…いや…」
どうやら完全に見られていたらしい。霧野が口ごもる程、勘の良い狩屋は訝しげに思い、追及する。
「恥ずかしがらなくて良いですよ?香水とかなら今は男もするんですから、それくらいじゃ笑いませんて。そんなに良い匂いなら、オレにも嗅がせてくださいよ」
「駄目だこれは俺のじゃ……」
はっ、として口を押さえる。だが狩屋は聞き逃さなかった。
「へぇ、センパイのじゃないんですか?」
びくっと、霧野は肩を揺らす。ヤバい、コイツには知られたくない、そう思っても頭が真っ白になって言い訳が思い付かない。口ごもる霧野に、狩屋ははったりをしかける。
「…キャプテン、とか?」
狩屋は一か八かのつもりだったが、霧野は誤魔化せなかった。目を見開き、不味そうな顔をした後狩屋から目を反らした。わかりやすい人だなぁと狩屋は思う。
「キャプテンの匂い嗅いで、オナニーでもするつもりでしたか?」
「…ちが…」
霧野は震える声で否定しようとしたが、狩屋が来なかったら自慰もしていたかもしれない、そう思うと罪悪感に苛まれて強くは否定できなかった。霧野は俯く。
「霧野センパイはキャプテンが好きなんだ?男なのに。あぁでもキャプテンも男と付き合ってるのかぁ。」
狩屋が皮肉るように笑う。
「でも、霧野センパイがキャプテンのこと好きだって知ったら、キャプテンどんな顔しますかね〜?センパイ、嫌われちゃうかも。」
「……………お前に、」
霧野は俯いた顔を上げた。
「お前に何がわかる!俺は、ずっと神童が好きだった!アイツが来るよりずっと前から!だけど神童は俺を好きにはならなかった!仕方ないだろ!神童が幸せならそれで良いって思ってた!でもっ…!」
霧野の青い瞳の輪郭が歪む。だが霧野は泣くことをぐっと堪え、荷物をまとめて背負い込んだ。
「…わからないよな。お前のような普通な奴に俺みたいなホモの気持ちなんか。」
そう吐き捨てると、教室を飛び出した。狩屋はしばらく茫然としていたが、霧野が霧野を出ると、はぁ、と溜め息をついた。
「……キャプテンが霧野センパイと帰れなんて言うから迎えにきたのに…。全部キャプテンのせいだ。」
恨めしげに呟くと、その声は誰もいない教室に虚しく響いた。
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狩屋→霧野→神童で神童は狩屋が霧野を好きだって知って応援している。
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