I wonder.(アル天)
2012/04/30 21:13

両腕で、車椅子を漕ぐ。膝には使い古されたサッカーボールを乗せている。照りつける日差しは、天馬にとっては最高のサッカー日和だった。

「綱海さんたち、もう来てるかな。」

そう独り言を漏らす天馬の目は、早くサッカーがしたいとうずうずしているように輝いていた。

天馬は、3歳の頃に怪我をして足の自由を失った。以後、車椅子での生活を余儀無くされ、10年近く、そのような暮らしを送っていた。そんな天馬の唯一の楽しみがサッカーである。天馬はボールを蹴ることができない。しかし、親戚がサッカーで世界大会へ行くようなチームのマネージャーであったことや、近所に住むサッカープレイヤーの影響で、サッカーに興味を持つようになった。そして最近は毎日のように、近所の子供たちのサッカーの練習に混ぜてもらっていた。

そうして今日もグラウンドに向かっていたのだが、ふと、天馬は漕ぐ手を止める。目の前に、この辺りでは見慣れないような不思議な服を着た少年がいたからだ。
少年は天馬と目が合うと、眉根を寄せた。少年の目は曇天のように暗い。

「松風天馬…」

少年は小さく、しかし確実に天馬の名前を呟いた。天馬はこの少年と初めて会う気がしていたので目を丸めた。

「…きみ…どうしておれの名前を…?」

天馬がじっと少年を見つめ返すと、少年は目を伏せた。

「それを今のお前に話す必要はない。」

淡々とした口調で答えた少年は、突然天馬を睨み付けた。

「それより、何故お前はサッカーを続けている?」

少年の質問は天馬に引っかかった。『何故続けているか』という聞き方は、まるで天馬が昔少年と知り合っていて、その頃からサッカーをしていたようだ。だが天馬は少年に見覚えはないし、こうしてサッカーを始めたのは、実にここ最近のことだった。

「どういうこと?君は昔からおれを知っているの?」

天馬が問い詰めるように少年の方へ車椅子を漕ぐ。少年は一歩も動かないまま天馬を見下ろした。

「…ノーとも、イエスとも言い難い質問だ。だが敢えて答えるとすればイエス。私は、お前が怪我をする前を知っている。」

意味の分からない解答に、天馬は首を傾げる。少年は溜め息を吐いた。

「そんなことはどうでもいい。それよりも何故、お前はサッカーを続けているんだ。」

あくまでも天馬がサッカーを続けていることにこだわる少年は、淡々とした口調で先ほどした質問を繰り返した。

「サッカーは最近始めたんだよ。って言っても蹴れないから、みんなのを見たり、キーパーのポジションに入ったりだけどね。」

「でもね、こんな形でもサッカーに関われてすごく嬉しいんだ。不思議だよね。まるで、君が言うみたいにずっと昔からサッカーが好きだったような感覚なんだ。」

天馬が柔らかい表情で少年に笑いかけると、少年は眉を寄せて苦々しい表情を浮かべた。

「お前は…本当にサッカーが好きなんだな…」

あまりに小さな声で呟いた少年の言葉を、天馬は聞き逃した。

「ん?何か言った?」

天馬が聞き返すと、少年は首を振った。

「いや、いい。どうやら我々には、任務の遂行が難しいようだ。」

少年は天馬に背を向けた。

「そこまで必要とされるサッカーが、少々妬ましいな。」

少年が小さな声で言った。また聞き逃した天馬が再び聞き返そうとした瞬間、前から突風が吹いて天馬は思わず目を瞑った。

天馬がゆったりと目をあけると、そこに少年の姿はなかった。

「あれっ…?どこいっちゃったんだろ…」
辺りをみまわしたが、やはり少年はいなかった。もう帰ったのだろう、その程度に思った天馬はすぐに探すのをやめた。

「さっきの子…サッカー知ってるみたいだった…。いつか一緒にサッカーしてみたいな。」

天馬は少年と再び会うことを楽しみに思いながら、再び両手で車椅子を漕ぎ始めた。サッカーをしにいくために。


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やまなし おちなし いみなし



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