水鳥は天馬の事が好きだった。何故過去形なのかというと、天馬には恋人がいたから。相手は自分のよく知る人で、同じサッカー部のマネージャーである空野葵という後輩。 水鳥も黙っていれば十分美人の部類に入るのだが、葵はまた違った魅力の持ち主だった。 明るく面倒見のよい彼女は、誰からも好かれた。 クラスメイト、部員、そして…天馬の心さえも掴んだ。つまりはそういう事なのだろう。 「水鳥ちゃん」 頭上からの声に、俯いていた顔を上げると、山菜茜が立っていた。いつもと同じ、不思議な微笑みを讃えている。 「どうしたの?ぼーっとしてるみたいだけど」 「ん、いや、なんでも」 「もしかして、天馬くんと葵ちゃんの事?」 「ッ!!」 水鳥の肩が跳ねたのを見て、茜は笑みを深めた。 「諦めるとか考えてるみたいだけど、出来てないよ。まだ天馬くんの事が好き。だから部活中もずっと二人を見てる」 「…んな事あるわけないよ。お前、電波?」 「分からない。でもね、水鳥ちゃん…天馬くんと葵ちゃんは幼馴染みで、葵ちゃんは天馬くんの事好きだよ。でも、それだけなんだよ」 「…どういう事だよ」 「天馬くんは葵ちゃんの事好きじゃない。だから二人は付き合ってない」 「はあ?」 そんな馬鹿な、水鳥は口をぽかんと開けて固まった。好きじゃないななら付き合うわけないじゃないか。天馬は恋愛の好きと友愛の好きの区別はついているはずだ。それで付き合ってないのなら、あの二人の今までの行動は何だったというんだ。 「ヒントあげる。はい、これ見て」 「これって…あたしの写真?!」 受け取ったその写真は、部活の時の水鳥だった。 必死に選手を応援する姿は、自然をバックにより鮮明に写る。 「こんなモン…いつ撮ったんだよ」 「この写真、天馬くんが撮ってほしいって言ったの」 「…んな馬鹿な…」 「ううん、本当。その後現像して天馬くんにあげた。他にも葵ちゃんやチームメイトのもあったのに、天馬くんはこれだけ選んだ。葵ちゃんの話だと、いつも持ってるみたい。これで分かった?水鳥ちゃん」 「…あたし、天馬んとこ行ってくる!」 「天馬くんなら、一年の教室にまだ居るんじゃないかな。今日当番だって言ってたし」 「茜…サンキュー!」 バタバタと教室を出ていく水鳥の背中を見送ってから、残された茜は一人でに溜息をついた。 「まったく、幸せになってくれないと困る」 「水鳥先輩…」 「…空野、」 廊下を走っていると、曲がり角でぶつかりかけた二人。葵は鞄を手に何とも言えない表情をした。 暫く沈黙が続く。先にそれを破ったのは、葵だった。 「天馬なら教室にいます。置いてきました」 「……そうか」 「水鳥先輩、私と天馬は付き合ってません。でも、私は天馬が好き。だから噂を流して水鳥先輩に付き合ってると思わせた。全部…当てつけです」 「……うん」 「最低だと分かってます。でも、水鳥先輩に渡したくなかった。諦められなかった。正直…今もそうです。でも、天馬に言われちゃったから…。葵とは友達以上になれないって、はっきり言われたら、諦めるしかないじゃないですか!」 「……ごめん、空野」 「謝らないでください!そんなの…私が惨めになる!…天馬が好きだから、幸せになってほしい。水鳥先輩…天馬をフッたら許さないから…っ」 叫ぶように言った葵の眼は涙に濡れていた。 水鳥は横を通り過ぎた葵に、小さく「ありがとう」と告げる事しか出来なかった。 失恋を実感した時の気持ちは、自分がよく知っているから。 教室に着くと、天馬は窓の外の夕日を眺めていた。 「天馬!」 天馬が、振り返る。 水鳥の好きな優しい声で自分の名前を呼んでくる。 「天馬、あたし、お前が好きだ!」 自分にも希望はあった。そう思うと、告白の言葉もすんなりと出た。 「俺もですよ。水鳥先輩」 水鳥の好きな笑顔で答える天馬に、水鳥は目尻に溜まった涙を拭う事もせず、彼のもとに飛び込んだ。 ようやく、片想いは終わりを告げた。 |