待ち合わせまであと10分。

少し早く来すぎたかな、と時計を見てから周りを見渡す。
うん、やっぱりまだ来ていない。

待ち合わせの公園内にはちらほらと人の姿がある。
どこか浮足立っている人達の中には浴衣姿の人もちらほらと見える。

今日は近所の夏祭りが開催される。
河川敷に昼から出店もでていて、
夜には花火の催し物もある中々に規模の大きなお祭りだ。
ここにいる人達も、今から夏祭に向かうのだろう。
俺もそのうちの一人で、部活終わったら夏祭り行かないかと
霧野に誘われてこうして待ち合わせしている。

人多そうだな、はぐれないといいけど。
と、数年前に夏祭りで一人はぐれて泣いたのを思い出して心配になる。
あの時は近くにいたコワモテのお兄さん達とが
霧野が迎えにきてくれるまで一緒にいてくれたんだっけ。
まぁ、こんな歳になって迷子になって泣くことはないだろうが、
はぐれたらやっかいなのには違わない。
気をつけないと、と思っていると、
ぶぶ、とポケットで携帯のバイブが鳴った。

メール一通と表示されていたのを開こうとすると同時に、
着信画面に切り替わり、また携帯が震え出した。
表示された名前を見て、受話ボタンを押す。

「もしもし、どうした?」
『神童、ごめんメール送ったんだけど5分くらい遅れる!』

メールというのは今開こうとしたやつだろうか。
電話越しに聞こえる声は、走っているのか少し息が荒い。
先程部活を終えたばかりだというのに、
まだ走れるなんて見た目に似合わないタフな奴だと思う。

「メールを送った直後に電話をかけてくるなら、
メールは必要なかったんじゃないか?」

『俺もかけた後に思った!』

今日の霧野はいつもよりテンションが高い気がする。
走っているせいかもしれないが、普段よりも声のトーンもあがっている。

『神童、もう公園いる?』
「ああ、入口の時計の下にいる。そんな走らなくてもまだ時間あるから大丈夫だぞ」
『やだよ、待ってる間の神童の時間がもったいない』

真面目な声でそう言われて、思わず笑ってしまう。
余命が短いわけでもないのに、たかが5分に必死になるなんて。

『何笑ってんの』
「俺の5分のために走ってるの想像したら、なんか…」
『なんか?』
「可愛い」

こういう言葉を言うと機嫌が悪くなるのを知っているのに、
正直な言葉が出てしまった。
怒るかなと、思っていたらあー、とかうー、
とか意味のない言葉が聞こえてきた。
どうやら怒ってはいないみたいだ。

「霧野?」
『……うん、いや、走る理由、神童の5分とか、じゃ、なくて』
「冗談だってことくらいわかってるぞ」
『ちがう、……その』

はっきりと物を言う霧野が言い淀むのは珍しい。
まれに言いにくそうに話しだすのは、
大抵俺を傷つけるような言葉や報告の時だったので、
不安になってもう一度名前を呼ぶと、霧野は小さく笑って言った。

『俺が、神童にはやく会いたいだけ』

照れを含んだ声でそう言うと、全力で走るから一回切るなと、
一方的に言われて通話を切られてしまった。

何か言うか、笑うかすれば良かったのに、
俺はなんだか心臓がきゅうと締め付けられたような感覚に陥って、
上手く言葉がでてこなかった。
通話が切れてもしばらく霧野の声が耳にはりついて離れなくて、
携帯を耳にあてたままの状態で数十秒くらい固まっていた。

「……な、んだ、それ」

やっとのことで声を出してみる。
通話はすでに切れていて、
言ってはみたが答えてくれる人は当然いない。

まるで恋人に言うような台詞だというのは極端だろうか。
けれど霧野の照れを含んだ声が優しくて、
どうにも普通に受け止めることができない。

そういえば、昔からよく二人で出掛けると
カップルに間違われたりしたなぁと思い出す。
昔はぐれて霧野が迎えに来てくれた時もいかついお兄さんに
女の子に頼りっぱなしはだめだぜと言われたような気がする。

霧野を女の子として見たことはないが、
今のこの気持ちは確実に同性に向けるものではないだろう。
女の子扱いされるのを嫌う霧野が、
自分が一瞬でも異性に持つような感情を抱いたと知ったら
どんな顔をするだろうか。
失望するだろうか、気持ち悪がるだろうか。

どう考えても良いイメージは浮かばなかったので、
やはりこの気持ちを悟られるわけにはいかないだろう。

けれど、俺の嘘が霧野に通用したことはないから、
あともう5分、遅れて来てはくれないかとほてった顔を手で扇ぎながら思った。