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「シングルス2に仁王。今回柳生は補欠だけど構わないね?」
「ええ」
「わかったぜよ」


あの時は余裕こいて頷いたけれど、それは俺にとって永遠の決別を告げられるくらいの衝撃的な宣告だった。



(君と、)



柳生比呂士と初めてダブルスを組んだのは2年前。そしてその関係を“パートナー”から“恋人”に変えたのは1年半前。告白の時のことは忘れもしない、放課後の屋上で、沈みかけた夕陽に照らされながら、あのプライドの高い柳生が至極泣きそうな顔をして俺に言ったんだ。「あなたを愛しています」と。

俺たちの関係は部内では公認だった。幸いレギュラー陣の中には同性愛に偏見を持つような輩はいなくて、特に現部長の幸村や仲の良いブン太なんかはよく協力してくれた。合宿に行けば柳生と相部屋、バスの席も、練習メニューも、全て柳生と一緒にいれるよう仕組んでくれたのはあいつらだ。もちろん立海が試合で勝ち続けるためにはどうしてもダブルスペアをバラすことが必要なこともあったけど、まぁそういう時は仕方なくその指示に従ってきた。
でも、だ。今回の試合は今までのものとわけが違う。中学最後の全国大会決勝戦。学業成績優秀な柳生は既に外部高校への推薦が決定していて、すなわちそれは今回の試合が柳生とダブルスペアを組める人生最後のチャンスだったことを意味していた。だから今回は青学がどんな選手を出してこようと、柳生とダブルスが組めると思っていた。それが甘かったのかもしれない。そうだ、我が立海大付属は負けてはいけない絶対王者。それを一番強く掲げている幸村が、俺たちの私情を優先してくれるはずもないのだ。


「俺がバカじゃったかのう…」


サボるために選んだ空き教室の片隅。響く声は虚しくて、何かを失った時のような孤独感がぽっかりと胸に穴を空けていた。

あの時、決勝戦のオーダーを告げられた時、柳生は一体何を思っていたのだろうか。俺と同じように悲しんでくれていた?あの潔い返事は本心だろうか?いや、あいつは誰よりも冷静に、そして瞬時に物事を判断する男だ。幸村の選択が間違っていないと確信して、頷いたのだろう。俺との最後のダブルスよりも、立海の勝利に思いを託したのだ。


――会いたい。


今、二人きりで、会って話をしたい。
もちろん幸村や柳生を責めるつもりは毛頭ない。俺だって全国制覇を成し遂げたいと思っているし、そのための決断なら仕方ないとも思う。でも、どうしても譲れない己の欲望と独占欲。醜いそれはぐるぐると腹の中を渦巻いて、やり場のない泥水のような感情が脳内を支配していきそうだった。タチの悪い病魔にじわじわと侵されているようなこの感情をどうにかしてほしい。とにもかくにも、今、あいつに触れないと、爆発して壊れてしまいそうだった。

携帯を取り出す手は既に震えていた。窓を開け放した教室は空気が薄いわけでもないのに酸欠しているかのように息苦しい。額に浮かぶ冷や汗を袖で乱暴にぬぐって、たどたどしく通話ボタンを押した。


『どうしましたか?仁王くん』


すぐに出た柳生の声に少しだけ安堵する。壁に寄り掛かった背中がずるずると滑り落ちて、埃だらけの床にどさりと横になった。


「会いたい。今。いつもの、教室じゃき」
『仁王くん?大丈夫ですか?今行きますから』


携帯を握る指先に力が入らない。息苦しいと感じていた胸が徐々にその圧迫感を増し、苦しさから思わず胸元のシャツを鷲掴んだ。身体が重い。倒れた時にぶつけた腰が痛い。心も痛かった。
早く、はやく、助けに来て。


「や、ぎゅ…」


苦しい。痛い。怖い、こわい。
薄れる意識を必死で繋ぎ止めようと二の腕に爪を立てたけれど、痛いだけで何も解決にはならなかった。



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