main_向日葵荘物語 | ナノ
チャキチャキとハサミをリズムよく鳴らすと、大理石の床に傷みきった髪が落ちていく。何度もブリーチを重ねた髪は白くごわごわとしていて、御世辞にも触り心地が良いとは言えない。それでもこの色がこいつのアイデンティティーだというのだから、俺は練習通りにハサミを入れ、オキャクサマ――もとい、忍足謙也の満足のいく髪型を作っていく。


「こんな感じでどうだ?」
「おっええやん!さすが岳人」


クロスに散らばった髪を床に落とし、ぼざぼさだった頭を手櫛で整えてやると、十数分前よりさっぱりした謙也が鏡越しに笑っていた。どうやら満足してもらえたみたいだ。

俺の職業はサロンスタッフ。俗に言う美容師だ。といっても、専門学校を卒業して2年足らずだからまだアシスタントの身なんだけど。週に5日から6日の勤務、不定休。時間外で研修とか自主練とかもしてるから意外と忙しい。
で、そんな仕事終わりに謙也が髪を切ってほしいって言ってきたから、俺の練習も兼ねてこうして出張ヘアサロンのサービスをしてるわけだ。


「おおきになー。これで少し金浮くわ」
「どんだけ貧乏なんだよお前。バイトしてんじゃん」
「今月毎週飲み会やねん」


謙也はいつも金がない。洋服代だったり髪のブリーチ代だったり、いろんなことに次々に浪費してるからだ。そのせいで月末には財布の中に10円玉が何枚かしか入っていないときだってある。こいつの計画性のなさに呆れる事もあるけど、でもまぁ俺もそんな時期はあったし、学生なんてそんなもんなんだろうと思う。


「いいよなー学生は」
「そうかー?俺は早よ働きたいけどなぁ」
「そんなこと言ってられんのは今のうちだけだぜ」


侑士と同じく医学部の謙也は学生期間が普通の大学生よりも長くて、さらに浪人してる分も上乗せすると、社会人デビューするのは俺よりも4年も後になる。謙也はそれをすごく嫌がってるけど、俺からしてみればバイトも遊びも満喫してるこいつが少し羨ましかったりする。


「そういや岳人、夕飯食べに行かへん?」


床に散らばった髪を掃除しながら謙也が言った。ポケットに入れていた時計を出してみれば、時刻は9時を回っている。どうりで腹が減ったと思った。


「いいな、行こうぜ」
「駅前に新しくラーメン屋ができてん。行ってみいひん?」
「マジで、行く行く」
「よっしゃ、ほなら早よ片してしまお!」


途端に目をきらきらとさせて、ものすごい勢いで片付けだす謙也。釣られて俺も急いで支度をした。
謙也のこのせっかちな性格には出会ったときは驚かされたけど、慣れたもので今では普通にそのスピードについていける。もともと俺ももたもたするのは好きじゃなかったから、サクサクと展開するこいつとのやり取りはけっこう楽しい。いとこの侑士とは正反対の性格だけど、こっちとも意外と相性はいいかもしれない。


「ほな行くでー!今日は岳人の奢りな!」
「おい!ちょ、待てよっ!」


外に出るや否や、謙也は俺を放って駅の方面に走り出した。みるみるうちに遠くなっていく金髪は、街灯に照らされて夜だというのにキラキラとその存在を主張している。
ああ、やっぱりついていけねーかも。
俺は心の中で呟くと、にやける口元をマフラーで隠してその背中を追いかけた。



(スピードスター)
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