main_向日葵荘物語 | ナノ
「痛っ!痛いって岳人!」
「うるせーこれくらいガマンしろガマン」


差し出された侑士の腕に豪快に消毒液をかけていく。手の指先から肘にかけてついている細かい傷はいちいちひとつひとつ手当てできるものじゃない。というか、傷が大きくても丁寧に絆創膏や包帯を巻いてやるほど俺は優しくなんかない。


「優しくしてほしいんだったら白石とかに言えよ」
「あいつは別の何かを塗ってきそうで嫌や」


白石ってのは104号室の住人で、侑士と同じ大学に通ってる男だ。見た目も人当たりもそこそこに良くて俺はけっこういいやつだと思ってるけど、侑士からすると“わけわからん薬草育てとって怖い”らしい。だからこうして俺は今侑士の部屋に呼び出されて手当てをさせられているわけだ。


「しっかしなー、どうすればこんなに引っかかれるんだよ」


侑士の両腕についているのは小動物に引っかかれた傷だ。でも、ただ一概に小動物といっても犬や猫がつけるほど深くはなく、ハムスターのように浅くもない。いったい何をしたんだと聞いたら、なんと大学で使っている実験用のラットにつけられた傷だという。


「え、殺すときに抵抗されたとか?」
「阿呆か殺してへんわ。教授の手伝いでケージ移動させただけや」
「はぁ?なんでそれだけでこんなことになるんだよ」
「そんなん俺かて聞きたいわ」


幼いころからペットの鳥や近所の野良猫と戯れてた俺には、動物に触るだけでこんな風に怪我をすること自体が考えられない。そりゃあ動物は迂闊に手を出せば抵抗するけど、ここまで凶暴じゃないだろ普通。


「嫌われてんじゃねえの」


一通り手当てを終え、床に零れた消毒液をティッシュで拭きとってごみ箱に投げ捨てる。侑士は捲りあげた袖を元に戻しながら「えーそらないわー」と口先だけで凹んでいた。

社会人の俺と違って侑士はまだ大学生だ。有名な私立の大学の医学部に通ってる。中学の頃から成績優秀で、ずっと医者になりたいって言ってたから、今は夢に向かって頑張ってる最中だ。
ちなみに、今日はたまたま昼間に会えたけど、普段のこいつは物凄く忙しい。朝早く家を出て夜遅くに帰ってくるのが普通で、会ってゆっくり話をすることはあまりできない。
同じ大学の同じ学部に通ってる謙也は朝遅いしバイトもしてるっていうのに、おかしな話だ。ちょっと前にこの違いはなんなんだって聞いたら、学年がまず違うことと(謙也は2浪してるから学年は侑士より2コ下だ)、先生に気に入られてずいぶん早い時期から研究を始めてしまったことが原因だって言ってた。たまに勉強の話も聞いたりするけど俺にはちんぷんかんぷんで、仕方ないとはいえ、よくそんな大変なことやってるなぁって思う。


「なぁ侑士ー、今度遊びに行こうぜ」
「今度っていつやねん」


俺は誰もいなくなったベッドに寝転がる。侑士は机についてパソコンをつけていた。友達と話すときくらいパソコン切れよって話だけど、こいつに関してはなんかもういいかなって思ってる。中学、高校と同じ学校に通ってて顔を合わせない日のほうが少なかったくらいだから、気心も知れてるし何より一緒にいて楽な相手だ。昔ちらっと聞いたけど、侑士にとって俺は親友に値する人物なんだそうだ。俺はそんなことぜってー言ってやんねぇけどな。
侑士が座ってるほうからカチ、カチ、とマウスをクリックする音がする。ヘッドホンを取り出してるのが見えたからきっとまたネトゲでもするんだろう。
俺はケータイを出して自分の予定を確認した。1日しかない今週の休みに、この男との予定を入れよう。


「土曜がいい」
「その日も動物搬入の日や」
「じゃあまた手当てしてやるからさ。買い物行こうぜ、買い物」
「岳人のアレは手当てって言わへんやん」


カラカラと笑う侑士ごしに女の子のキャラクターが見える。ヘッドホンをつけたら侑士は完全にアッチの世界に行ってしまうだろう。帰って来なくなる前に早く決めないと。
俺は急いで立ち上がると壁に掛けてあった趣味の悪いカレンダーの次の土曜の欄にでっかく丸をつけておいた。


「ココ、空けとけよな」
「はいはい」


かなわんなぁ。
聞こえてきた気の抜けた声に自然と口角が上がった。



(また来週、マキロン持参で)
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