main_向日葵荘物語 | ナノ
残業に追われて書類を片付けている時に、侑士から1通のメールが届いた。


『風邪もらってしもたー』


普段ならあーそっか大変だなって適当に流すところだけど、今回ばかりは自分の身に覚えがあって何も言えなかった。侑士がうちに来たあの日から3日。世話を焼いてくれた友人たちのおかげで、俺はすっかり元気になっている。まぁ、風邪がうつったのは、マスクもせずに部屋に居座っていた侑士にも非があるのかもしれない。でも、流石にこのまま放置しておくのも可哀相だと思って、俺は仕事を急ピッチで終わらせることにした。同僚の滝に「岳人が忍足の心配するなんて珍しいねー」って言われて、ああたしかにそうかもしれないなんて思いながら帰り道を急いだ。チャリを漕ぎながら、俺みたいに家の中でぶっ倒れてるあいつの姿を想像したら、ペダルを踏む足は自然と力強くなった。

細い坂道を駆け上がって、アパートに着くと柄にもなくドキドキしながら部屋のインターホンを押す。


「あれ、どないしたん、岳人」
「……見舞いだよ、ばーか」


出てきた侑士は思っていたよりも元気そうで一安心した。話を聞けば、どうやら熱はあるものの微熱で、午前中は普通に学校に行っていたらしい。でも頭痛が酷いとかで早退して、今まで家でごろごろしていたんだとか。


「で?どうして休んでる筈の病人のパソコンががっつりワード画面になってんだ?」
「来週までにレポート提出やねん。やらな」
「あのなぁ…」


侑士はけろりとした表情で、まるで風邪なんて引いていないとでもいうように笑った。これにはこいつと付き合いの長い俺も、安心を通り越して呆れてしまう。侑士が勉強熱心なのも完璧主義なのも知ってるけど、風邪引いたときくらい休んでも罰は当たらないと思うわけで。


「来週ったってあと3日あるじゃん。今日くらい寝てろよ」
「でもなぁ」
「いいから。じゃねーと今すぐパソコンのコンセント引っこ抜くぞ」
「それだけはあかん!寝る、寝るから堪忍して」


開いていたページを素早く保存して、慌ててベッドに潜り込む侑士の姿を見て、ようやく俺も一息ついた。








「医者のふようりょうってのはまさにこのことだな」
「不養生、やで。それとまだ学生やから」
「同じようなもんだろ」


昼飯も夕飯も食べていない侑士のために、コンビニまでひとっ走りしてご希望のゼリーを買ってきた。テレビから流れるバラエティ番組の音を聞き流しながら、侑士はベッドの上に、俺は床に座ってそれを食べる。一つだけ買って部屋に置いていけばよかったんだけど、俺の優しさに気を良くしたらしい侑士が、珍しく「一緒に食べよ」なんて甘えてきたもんだから、こうして仕方なく一緒にいてやってる。

そうやって二人でしばらくだらけていると、不意にインターホンが鳴った。


「おーい忍足ー」
「おっしー大丈夫ー?」


返事をする前に聞こえてきたのは同じ階に住む幼馴染二人の声だった。立ち上がろうとする侑士を止めて、代わりに玄関先へ顔を出せば、そこには案の定亮とジロー、それから、


「なんで向日先輩までいるんですか」


後輩の日吉が立っていた。みんなそれぞれの手にスーパーの袋やらタッパやらを持っている。


「おっしーから風邪ひいたってメールが来てさー」
「家に薬も食べ物もないっておっしゃるんで、仕方なく来てやったんですけどね」
「やっぱりお前も呼ばれてたのかよ」


少々呆れ顔の亮は3人分のお見舞いの品を一つにまとめると俺の前に差し出した。


「メールする元気があんなら大丈夫だろ。あとはよろしく」


押し付けられるままに荷物を受け取ると、3人は玄関の外から侑士に「お大事にー」とか「パソコンばっか弄ってないでちゃんと休めよ」とか「復活したら下剋上してやりますから」とか言って、あっという間に去っていった。
残された俺はぽかんと口を開けたまま、貰ったものに目を落とす。ジローの袋は風邪薬、日吉はスポーツドリンク、亮の持ってきたタッパにはしっかり二人分の食事が用意されていた。


「……お前ってケッコー愛されてるよな」
「?なんやねん急に」


頭の上にハテナを浮かべる侑士を横目に、俺は冷蔵庫を開ける。じんわりと温かくなる胸の鼓動を感じながら、元気になったら遊びに連れて行ってやろうと考えた。



(ともだちのうた)
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