main_向日葵荘物語 | ナノ
正直焦った。いつも元気いっぱいでそこいらでぴょんぴょん飛び跳ねとるような子が、こないに弱り切った状態で蹲っとるんやから。


「岳人、おい、岳人」


名前を呼んでも目覚めへん様子に、こらあかん、と柄にもなく声を荒げてしもた。



(笑顔の裏で、)




珍しく早い時間に研究のキリがついて、久々に研究室仲間と飲みにでも行こかと話しとる時やった。宍戸からの急な電話。普段この時間は俺が忙しいっちゅー理由で滅多なことがない限りあいつも電話して来おへんのやけど、今日ばかりは勝手が違うようやった。電話に出たら、宍戸は外におるようで、しかもちょっと焦った様子やった。



「岳人が体調悪そうにしてたから、帰り際寄ってやってくんねぇか」



…そないなこと急に言われても。てかお前が行けばええやんか。
そう言うたら、宍戸は宍戸で風邪ひいた慈郎の面倒見なあかんからって却下された。あいつが外におるんは風邪薬を買いにドラッグストアに走っとったかららしい。とにかく頼んだ、と一方的に電話を切られてしまえば俺は承諾するしかあらへん。お前の幼馴染のお守をなんで俺がせなあかんねん。独り言で文句を垂れてみたものの、あの岳人が体調不良なんて珍しくて、少なからず心配になったのは事実やった。





岳人の部屋は俺の隣の202号室や。チャイムを一度鳴らしてみたけど、出ぇへん。2回鳴らしても駄目やった。宍戸が言っとったように鍵は開いとったから遠慮なく入った。キッチンの電気は消えとったけど、寝室のほうは明るくて、引き戸に嵌めこまれた磨りガラスの間数センチから、見慣れたベッドが盛り上がってるのが見えた。なんや、ちゃんと寝とるやないか。
人が入ってきた音がしたらこいつも起きるやろと思て、建て付けの悪い引き戸をガラガラと開けて中に入った。


「岳人、調子悪いんか?宍戸から連絡あってんけど…って、おい」


声をかけても全く起きる気配がない。慈郎と違て岳人は寝起きが悪いわけやないから、普段は声かけたらちゃんと起きるんやけどな。不審に思って布団の中を覗き込む。掛け布団にかけた手に熱く弱弱しい息が触れるのを感じて、ようやく俺もこいつの状況を理解した。


「…俺は阿呆か」





どうせならもっと真っ赤な顔してぜぇぜぇ言うとってくれたらよかった。せやのに岳人は真っ白な顔して、浅い呼吸で膝を抱えるようにして眠っとる。確かに熱はあるはずなのに、額は熱いのに、指先は氷のように冷たくて少し汗ばんどった。
ああ、あかん、これはこれから熱上がんで。こういう時にちょっとした知識が役に立つんは、医学部行っとってよかったと思う。せやけどまだまだ俺は学生の身で、経験もほとんどないわけやから、対処なんて世間一般で知られとるくらいのことしか出来ひん。自分の無力さに溜息が漏れた。

岳人の首筋に伝う汗を拭いて布団をかけ直してやる。髪を撫でればさらりとした赤毛が枕に広がった。年齢よりも幾分か幼く見える寝顔は高熱にうなされて痛々しく歪んどったけど、目の端からこめかみに伝う濡れた跡を見つけてしまうと、今度は酷い後悔が俺を襲った。
ああ、ほんまにあかん。


「もっと早よ来れば良かったな、ごめんな」


部屋の隅には開けたばかりやと思われるチューハイの缶が入ったビニール袋がある。宍戸が岳人の様子を知っとったってことはこの缶を開けたんはおそらくあいつと岳人やろう。その宍戸が、慈郎の急な風邪でここを出て行った。部屋に残った岳人は、今の状態からするとその時はまだ割と元気やったんやろうけど、後から悪化してしもたんやろう。誰もおらへんこの部屋に、一人ぼっち、この子は取り残されてしもたんや。

岳人は一見明るくて活発で、誰からも好かれるような天真爛漫青年やけど、メンタルはそれほど強うない。短気やし、すぐ感情的になる。おまけに、一匹狼の俺と違て、周囲に仲間がおるんがあたりまえの奴やから、一人になると急に脆くなる。特に身体が弱り切ったこんな状態やとそれが顕著に出てまうんやろう。


「あとで宍戸、呼んだるさかいに」


自分に出来ることといえば岳人が寂しがらないように傍におることくらいや。あとは起きたらなんか消化のええもん作って、慈郎に買った風邪薬少し分けてもらお。


「もう少し頑張りや、岳人」


掛け布団の上からぽんぽんと肩を撫で、起こさないように注意を払いながら、俺はキッチンに向かって腕まくりをした。





title by「確かに恋だった」様
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