main_向日葵荘物語 | ナノ
悪い夢を見た。昔から何か嫌なことがあるたび決まって見る夢だ。

だだっ広い真っ白な空間に俺は一人で立っていた。遠くの方から白はじわりじわりと黒に染まっていって、それがどんなに怖くても、俺は足の裏が接着剤で固められてるみたいにその場から動けない。黒は次第に浸食を広めて、前から、後ろから、右から、左から、押し寄せるような波になって。残された俺の足もとの小さな円に、影を、―――、


「…と、岳人」
「…っ」


頬を叩かれる感覚に強引に意識が引き戻された。驚いた俺は触れている手を払いのけて勢いよく起き上る。思わず吸い込んだ大量の空気にむせ込んでしまった。


「、ゲホ、っは…」
「落ち着き、俺や」


大きな掌に背中をさすられる。独特のイントネーションと低い声は、幼馴染たちと共に耳によく馴染んだものだった。


「ゆ…うし、」


寝起きで焦点の定まらない視線を無理矢理近くのその人に合わせた。ベッドの脇に屈んだ男は、ぼさぼさの髪を中途半端に垂らしながら心配そうに俺の方を見ていた。丸い眼鏡に真っ黒な瞳。ああ、確かにこいつは忍足侑士だ。


「うなされとったで、悪い夢でも見たんか?」
「…まぁ、そんなとこ」


なんでこいつがここにいるんだろうと疑問に思ったけど、それ以上は考えられなくて、侑士への返事もそこそこに再びベッドに倒れ込む。身体が重くて起きていられなかった。夢のせいで少しの間だけ忘れてたけど、そうだ、俺風邪ひいてるんだったっけ。


「ええで、しんどいやろ。横なっとき」
「ん、さんきゅ」


体勢を変えたり侑士とやり取りしたりしている間に頭が徐々に覚醒してくる。ふと目に入った時計を見るとあれから2時間くらいしか経っていなかった。どうやら俺は亮が帰った後、横になったまま悶々としているうちに眠ってしまったらしい。それで見た夢があの悪夢か。


「…で、どうして侑士がここにいるんだよ?」
「宍戸から連絡あってん。岳人が様子おかしかったから部屋寄ったって、ってな」
「…へ、亮が?」
「そうや。んでさっさと帰ってみたら、岳人えらい高熱出して寝込んどったんやで。ほんま驚いたわ」


思いもよらない人物の名前に、素っ頓狂な声を上げてしまった。なんで亮が?ジローのところに行ったんじゃなかったのかよ?そもそも俺が風邪ひいてるなんて知らなかったはずじゃ、


「あのなあ、俺が気付いてねぇとでも思ったのかよ」


カラカラ、と乾いた音を立てて居間とキッチンを仕切る引き戸が開いた。ひょっこりと顔を出したのは、つい数時間前まで一緒にいたまさにその男。


「りょ、亮、」
「ジローには飯食わせて薬飲ませといたから大丈夫だろ。つか、お前の方が問題だっつーの。無理して酒なんて飲みやがって」
「だって、それは、ヘーキだと思って」
「あ゛あ゛?」


亮はずかずかと部屋に入って来ると侑士の横にどっかり座って思い切り眉間に皺を寄せた。すごい剣幕だ。今にも掴みかかってきそうで、幼馴染といえどちょっと怖い。


「まぁまぁ宍戸。岳人もお前と飲みたかったんやって」
「…ったく、しょーがねーな」


侑士が苦笑しながらも間に入ってくれたおかげで、亮はそれ以上何も言ってこなかった。怒った顔は相変わらず怖かったけど。なんで風邪ひいたくらいでそんなに怒るのか正直俺にはわからないけど。でも、去り際にポカリのペットボトルを差し出してきて、早く治せよ、とか声をかけてくれるから、おっかないんだか嬉しいんだかわからない複雑な気分でそれを受け取るしかなかった。ポカリはきちんと冷えていて、でも冷たすぎないちょうどいい温度で火照った掌を冷やしてくれた。


「宍戸も不器用なやっちゃなあ」


ぽつりと呟いた侑士の言葉に、心臓のあたりがふんわりとあたたかくなった。一人でいた時の沈んだ気分も、悪夢も、全部どこかに飛んでいった気がした。



(もう大丈夫)
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