main_向日葵荘物語 | ナノ
最近ちょっと気になる曲があって、音楽に詳しい財前に尋ねてみたら、直接その曲をウォークマンに入れてもらえることになった。だから今日はあいつの部屋、つまり102号室にお邪魔しているわけ、なんだけど。

ほな、どうぞ。と通された部屋に入って、俺はいつかのようにぴたりと固まってしまった。この衝撃は良く知っている。千歳ん家に入った時と同じ感覚だ。


「…えーと、ここは、何の部屋?」
「は?俺ん家っすよ。阿呆ちゃいますか」
「っいやいや!部屋じゃねぇだろなんだこのコックピット!」


さも当たり前のように中に入る財前(いや自分ちなんだからそりゃそうなんだけど)をよそに俺は盛大に後ずさりする。
俺はこの部屋をコックピットと例えたけれど、あながち間違ってはないと思う。カーテンの締め切られた部屋、ロフト型ベッドの下に並ぶ楽器の数々に、2台の最新式のパソコン。部屋の壁際は全てCDや謎の機械で埋め尽くされていて、足元を見ずに歩けば転んでしまいそうなほどのコードが床に張り巡らされている。そもそも歩けるスペースなんてほとんどなくて、財前が普段自室に人を呼ばない理由がよくわかった気がする。


「片付けねぇのかよ、これ」
「これが限界なんすわ。昔のも捨てずに取ってあるんで」


案内されたパソコンの前にコードを踏まないように慎重に移動して、財前に持ってきたウォークマンを渡した。椅子に座る財前の背中に寄りかかりながら後ろからパソコンを覗くと、開かれた楽曲リストのページには俺の知らない海外のアーティストがずらりと並んでいた。デスクトップも何かのライブの写真だったから、きっと洋楽とかロックとかが好きなんだろう。
カーソルを下げいくと英語のリストの中に混ざって俺が欲しかった日本語の曲名が表示された。それを財前が慣れた手つきでウォークマンに移していく。ピカピカと点滅する黄色いランプが新しい曲の仲間入りを知らせていた。


「なぁ、なんかオススメの曲くれよ」
「オススメですか?」
「そうそう、最近よくお前が聞くやつでいいからさ!」


俺は音楽は好きだけど詳しい訳じゃない。好きなアーティストやテレビ番組の楽曲を時々レンタルしてるくらいで、楽器が弾けるわけでもないし特別歌がうまいわけでもない。だからこういう音楽に精通してる奴のコアな趣味にはけっこう興味があって、時々こうして音楽好きの友達にちょっかいをかけては色々と教えてもらってるわけだ。
財前は少しだけ黙って何かを考えた後、そうっすね、と呟いてまたパソコンをいじり始めた。目的としている曲はファイルの保存場所が違うらしく、俺にはよく分からない方法でまた別の楽曲リストを表示させていた。どこの国の洋楽だろう、小さなサムネイルははっきりと柄は見えないけどとてもカラフルだ。


「これなんてどうです」


マウスをクリックして拡大された画面に出てきたのは黒と黄色の服を着たアニメキャラクターのような二人の子供。続いて流れてきたのは音楽に乗った機械で出来たような音声。曲はもちろん、ジャンルとしても全く未知の音楽に、俺は首を捻った。


「ボーカロイドいうんですけど、最近ネットで流行ってて」
「へぇ…誰が歌ってんの?」
「このジャケットの二人です」
「は?だってこれイメージキャラクターか何かだろ?意味わかんねー」
「まぁ詳しいことは忍足さんにでも聞けばわかると思いますんで」
「はぁ?」


紙の上の人間が歌うわけないだろ。アニメのキャラソンだってあれはその役をやってる声優が歌ってるじゃん。ていうか今こいつ侑士に聞けって言ったよな。じゃあこれは俗に言うオタク文化の類なのか?
混乱する俺をよそに、財前はその謎のアーティストのアルバム1枚分をあっという間に俺のウォークマンに入れてしまった。俺を下から見上げてドヤ顔をする財前を前にしてはもはや嫌な予感しかせず、俺は後できちんと調べてから侑士に聞こうと心に決めた。

それから家に帰っていくつかそのボーカロイドとかいう曲を聞いてみたけど、機械で作られたらしいその音楽は思っていた以上に聞き取りづらく、でも、思っていたよりも幅広い音楽が入り乱れていて正直面白かった。
次第に毎日聞くようになって、すっかり気に入った曲はヘビロテのプレイリストに移しておいた。

そしてデータで少し重くなったウォークマンを持って、数週間後、俺はまた財前の部屋を訪ねる。


「なぁ、このzenzaiPって人の曲入れてくれよ!」


この時、パソコンの前に座った財前の目が怪しく光ったことに俺は全く気付く由もなかった。



(zenzaiP)

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