main_向日葵荘物語 | ナノ
3月17日は謙也の誕生日ってことで、俺は今そのプレゼントを買うためにスーパーに来ている。生鮮食品売り場のど真ん中、葉物野菜が並ぶ一角でホウレンソウやカブの葉を一通り取り集めるとカゴに放り込んだ。
なんでこんなことをしているかというと、決して俺が誕生日プレゼントに手料理を振る舞うとかいうそんな気の利いた理由じゃなくて、単に謙也に直接野菜が欲しいと言われたからだ。てっきり髪のブリーチや昔から集めてる変なケシゴムを求められると思ってたから、その予想の斜め上を行く回答に、その時は一瞬耳を疑った。でもよくよく考えるとそれは万年金欠の俺からしたら嬉しい要求で、結局快く承諾したのだった。
そんなこんなで俺は買い物を終えると野菜のいっぱい詰まった段ボール箱を両手に抱えてアパートに向かった。





「わわ、なんだよこいつ!!」


謙也の部屋に入って一番に出迎えてくれたその“生き物”に、俺は驚いて飛び上がった。緑色の大きな体にごつごつした皮膚、ぱっかりと開いた口は大きく、鋭い歯のが並ぶその姿はまるで恐竜のようで、そのテの生き物があまり得意ではない俺は今し方入ってきたばかりの扉に貼り付いて家主に助けを求めた。


「謙也!なんだよこいつ!」
「あーっ、また脱走しとる!ちゃんとケージん中におらんとあかんやろ!」


奥からドタドタと音がしたと思うと、すぐに謙也が現れてそのグロテスクな恐竜を持ちあげた。


「イグアナやで。先週から飼い始めたんやけど、脱走癖でなぁ」


躾に困ってんねん、と眉を下げて疲れた表情を浮かべる謙也だったけれど、その言葉とは裏腹に、大事そうにイグアナを抱えてごつごつとした皮膚に頬ずりをする様子は悦に入っているというか、とても幸せそうだった。痛くないのか聞きたかったけど、聞いたらそれはそれで長くなりそうだったからやめておいた。

部屋に入ると大きなケージがあって、謙也の手によってイグアナはその中に入れられた。ようやく落ち着くことが出来た俺は、持ってきた段ボール箱を謙也の前にどんと置く。


「ほら、ハッピーバースデー!」
「うわ、ほんまに野菜やん!おお、これカブの葉か!おおきに〜助かるわ〜」


途端に目をキラキラさせてものすごい勢いで謙也が箱の中身を漁り出した。特にカブや大根の葉に大喜びして、いちいち取り出しては感嘆の声を上げ、にこにこしながら俺をセンスがあるとか気がきくとか言って褒め称えた。
予想以上に喜んでもらえたことが俺も嬉しくて、ついつい釣られてはしゃいでしまう。内容はどうであれ、人に喜んでもらえるのは嬉しいし、こんな風に反応を返してくれるならいつだってプレゼントしてやりたくなるのが俺の性分だ。


「でもよー、何がそんなにいいんだよ、葉っぱだぜ?」
「葉っぱがええねん!イグアナの大好物や!!」
「は?イグアナ?こいつ!?」
「せや!大食いやから意外と大変やねんで」


堂々と、そりゃあもう胸を張って謙也が指を差す先は先程俺を出迎えてくれたあの恐竜もどき。自分があげたプレゼントが爬虫類の食費だったというあまりにも唐突で現実的な事実に、俺は驚いて目を白黒させた。


「えっなんだよそれなんか納得いかねぇ!」


喜んでもらえるのは確かに嬉しい。嬉しい、けど!なんだろうすごく騙された気分だ。いや、本人が欲しいって言ってるものをあげるのも立派なプレゼントなんだけども。俺が一生懸命選んだものがイグアナの餌って、それってなんだか納得いかない。


「俺が喜んでるんやからええやろそれで!」
「餌くらい自分で買えっての!頼むもんでもねぇしプレゼントするもんでもねぇよ!返せ、今から別のもの買い直してやる!」
「嫌や!もう俺のや!貰ったもん勝ちや!」


段ボール箱にしがみつく謙也、それを引き剥がそうとする俺。お互い冗談半分とはいえ力の差は歴然で、どんなに引っ張っても剥がれない謙也の背中を俺はばしばしと叩いて応戦した。

両者一歩も引かないまま返せ、嫌だ、の押し問答。手に持ったホウレンソウがしなびてきた頃、ジリリリとすっかり聞き慣れたチャイムが鳴った。そしてバンッと大きな音を立てて玄関の扉が開く。俺と謙也はお互いを掴みあったままその先を見て、二人して固まった。


「おい忍足従兄弟!俺様が直々に誕生日プレゼントを持ってきてやったぜ!」
「あ、跡部…!」


扉を開け放つ跡部の後ろには、ここからでもわかりすぎるほどの大量の箱。箱の側面には「有機野菜」の文字やら某有名果物店の名前やら果ては高級肉のロゴまで見える。


「おい、まさかあいつにも餌頼んだんじゃねーだろうな…」
「いや、そのまさかやで。しかもあの感じやと完全に“人間の”餌や思てるわ…」


自信満々に構えるその堂々たる姿に、俺も謙也も彼に事実を伝えることが己の身の危険に直結することを悟ってしまった。ここは跡部に合わせておくべきか、否。


「おい、何コソコソやってんだ。今夜はパーティーだぜ。さっさと運べ庶民ども」


向こう側で跡部が怒鳴っている。ここは俺のプレゼントの問題は後回しにして先にあっちを片付けたほうがよさそうだ。
俺は謙也に目で合図を送って、両手に持ったホウレンソウと大根の葉を跡部に気付かれないようにイグアナにケージに押し込んだ。すぐさま餌に飛びついて美味そうに食べる様子にほんとに大食いだなぁと感心してしまう。

「ま、食べたもん勝ち、だもんな」



(結局俺のプレゼントはイグアナにあげたわけで。)
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