main_向日葵荘物語 | ナノ
「うー…最悪…」


アパートの廊下にうずくまって、俺は襲い来る吐き気と目眩に耐えていた。寒さに震える体を両腕で抱きしめながら、夜明け前の空が段々と白み始めるのをじっと待つ。口を開けば最悪だとかもういやだとかいうネガティブな台詞が自然と溢れてきて嫌気がさした。

昨晩は専門学校時代の同窓会があって、あろうことかオールで飲み明かしてしまった。今日が休日だったからよかったものの、泥酔してしまった俺はけっこうな感じでハメを外して、結局ふらふらになりながら家の近くまで友人に送り届けてもらった。
それだけならよかったんだけど、なんと家の鍵をどこかに忘れてきたようで、早朝から締め出しをくらう羽目になってしまった。ケータイの充電は切れてるし、この時間に起きてる住人なんていない。どうしようもなくなった俺は仕方なく部屋の前で侑士や亮あたりが起きてくるのを待つことにしたのだった。


「向日、どないしたん?」


頭を抱えながら待つこと数十分。突然頭上から声がして、重い頭をゆっくりと上げると、そこには白石が立っていた。見慣れないスーツに、両手には紙袋。結婚式の帰りのようなその格好はツッコミどころ満載なんだけど、残念ながら今の俺にそんな余裕はない。力無くおはよう、と挨拶すれば、白石は心配そうにしゃがんで顔をのぞき込んできた。


「なんや下から見えたから来たんやけど…えらい顔色悪いな」
「ちょっと、酔って」


下から見えた、ということはこいつも今帰宅したんだろう。忙しいわけじゃなさそうだし、事情を話したら助けてくれるだろうか。いや、忙しくてもそうじゃなくても助けてほしいんだけど。


「実は…」


俺は藁にも縋る思いで白石に昨晩からの出来事を話した。


「そういうことやったらしゃーないな。ええで、酔いが醒めるまでうちにおいで」


いやな顔ひとつせずに頷いてくれた白石に感謝しながら、俺は重い腰をようやくあげることができるのだった。





白石に肩を借りて部屋に入るとすぐにベッドに下ろされた。崩れるように横になれば、シンプルなダークブラウンのシーツがさらりと肌に心地よくて、ほのかな香水の香りが心を落ち着かせた。水を一杯だけもらって、違和感しかない喉に無理矢理流し込むと、幾分か楽になったような気がした。


「気持ち悪ないか?」
「ん…だいじょーぶ」


ジャケットを脱いでネクタイを外した白石は窓辺に置いてあった鉢植えに水をやってカーテンを開けた。さっきよりもだいぶ明るくなった空が部屋の中を照らして、その眩しさに俺は思わずシーツに顔を埋める。


「まぶしい」
「光がないと植物は育たへんねん。堪忍な」


俺の訴えに白石は苦笑を零しながらベッドに光が当たらないように半分ほどカーテンを閉めてくれた。そしててきぱきと荷物を片付け始めるその後ろ姿を眺めながら、次第に迫る睡魔に身を任せる。白石が何か言っていたけど、微睡む意識の中ではもうほとんど聞き取れなかった。辛うじてわかったのは、ふわりとした花の香りと暖かな毛布の感触だけだった。



(酒は呑んでも呑まれるな)

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