土下座もの


「よう」

公園には高校生らしき男が数人いた。早玖たちは威嚇するように対峙していた。年上かよ。

「燎!」
「マジでやんの? 俺云々以前に勝ち目なくね」
「梓が泣かされたんだ! 黙ってられるか」

僕の記憶では梓は空手をやっていた筈、勝気な奴でそれこそ僕だって絡まれたことがある。それを泣かせるとは中々。

「お前その熱意あるならさっさと告れよ……。んで振られろ」
「うるせえ! お前ら、ボコボコにしてやるからな」

高校生たちは、やる気溢れる早玖が面白く、嘲笑を隠しきれないらしく、吹き出した。だよな。俺もあんたらだったらそう思うよ。ヤンキーかよワロタってな。

「あの娘泣かされたのそんなに悔しいの、ぼくぅ」

煽りを皮切りに、早玖が飛びかかる。野球をやたっていたからか図体がでかい。高校生と遜色ないくらいには。
ツレ1号2号も飛び込んだ。
僕はというと、このくそ暑い日に顔も覚えてない同級生の為にこんなことをしてるのがアホくさくなった。それで、

「ほんとごめんね、……梓ちゃんだっけ」
「いや、こちらこそ。早玖――真っ先に行った奴ですけど――梓のこと好きらしくて」
「うーわ、尚更申し訳ない。ちょっとからかったつもりらしいけど」
「まあ、これで距離が縮まるならむしろ良かったんじゃないですかね」
「君は冷たいね」
「よく言われます。友達の仇討ちを手伝ってやるくらい優しいのに」

相手方の僕と同じ状況の高校生、つまり無理矢理連れてこられたであろう奴と世間話をしていた。うん。楽しい。早玖たちへのカモフラージュに時々殴る素振りも見せた。最も、見る余裕など無いだろうが。

ふと、喧騒が消えた。見ると、僕以外決着が付いたらしい。早玖勝利、1号2号敗北。僕が勝てば年上相手に上々といった結果になる。

「すみません」
「ん、――うわっ」

素早く脚をかけて転ばせた。傍からみたら僕の勝利だ。

「で、どうする。疲れたしもう帰っていいか」

服は砂まみれ、所々の擦り傷と痣。早玖を見ていると申し訳ない気持ちになる。

ARが2時を告げた。
太陽はいつの間にか天蓋を登りきり、最も熱の降り注ぐ時間となる。
友に背を向け、公園を後にした。

* * *

彼女はまだ眠っていた。メモもそのままになっている。
飲み物をとキッチンの冷蔵庫へ手をかけたとき、あることに気がついた。レトロ趣味な両親の意向で置いてある受話器まで行くには、ソファの前を通る。

「あーあ、流石に警察に電話した方がいいよなあ」

途中で脚を止めた。今度はすぐそばのHPM(家庭用医薬品調合機)に目を留める。
HPMはICカードをスキャンするか、もしくは個人情報を入力することで、過去の病歴、体質、生活傾向から患者に最適な薬を調合する。

徐に、

「いや、出来る限りここで診た方がいいよなあ」

うろうろと彷徨い、彼女のカバンへ手を伸ばそうと屈んだとき。目の前を銀色の物が横切った。今度はかろうじてよけた僕の、がら空きの首を掴みにかかる。しまった。反射的によけてしまい、今度は自分の意思で掴まった。指が食い込んで息が辛い。あっという間に、僕はソファに押し付けられた。首筋にはキッチンから消えたナイフが押し付けられる。腕を捕まれ、捻られた。
全く動けない。

「降参」

こえがかすれた。哀れな子羊はそれでも抵抗の意がないことを示す。

「あんた誰だ」

心地よいハスキーな声は、女のものではなかった。

「びっくり。男だったのか」
「質問に答えろ」

ちくり。ナイフが存在を主張する。

「この部屋の主の子供。君を助けた」
「なぜ」
「さあ、珍しいものが落ちてたから拾った」
「ふざけるな」
「ふざけてなんかいないさ。人を助ける事は絶対的な善だろう。」

彼は僕の上に腰を落とした。ナイフはしまってくれたものの、彼が座っているせいで腕は動かせない。

「ありがとう。君が頑固なら暴力に訴えてたかもしれない」
「はっ、お前がか? そんなひょろい体で何ができるって言うんだ」
「見た目より力はある」

それに彼は軽い。

「やってみろよ」
「おーけい、やってみる」

言葉を発した時には既に彼の下から抜け出した。肩の関節を外し、先ず腕を抜く。そのまま肘を立てて上体を起こし、抑えられていない方――左手で彼の蟀谷があろう部分に一撃を加える。残念ながらそれには失敗し、軽々とよけられたが、その勢いのまま仰向けになる。当然彼はバランスを崩す。そしてソファから落ちそうになったところで両腕を使って首を絞めた。

「古典的だけど、武道って案外役に立つんだ」

耳元で囁くと、舌打ちが聞こえた。脚で胴を固め、

「助けた人にそんなことしちゃ、ダメだろう。このまま縊ってやろうか?」

腕に力を込める。反撃されちゃたまらないので、武器を奪おうと言ったそばから腕を離した。ナイフを返してもらう。懐を漁ると、ナイフだけでなく拳銃も出てきた。見た目よりずっと重い。

「悪かった。おれの負けだ」

彼を自由にしてやる。そのまま床へ横になる。
さっきから思っていたが、ひどく熱い。

「熱でもあるのか」
「さあね。何しろ3日もなにも食べてない」
「ならお粥でも作るよ」
「なああんた、どうしておれを助ける」
「さっきも言った」

どうにも等閑な答えになってしまう。同じことをするのは嫌いなのだ。

「あんたがいない間、ここの間取りを見ていた」
「それで?」

簡易型のガスコンロを取り出す。まだガスは残ってていた筈だ。

「あんたの部屋も見た。燎って名前なんだな」
「うん。あんまり好きじゃないけどね」
「なんなんだあの部屋は」

土鍋に水を注ぐ。
ガスに火を灯した。

「何って……俺の部屋だよ」
「気持ち悪い」
「酷いなあ。綺麗だろ」

沸騰したところで、ご飯を入れる。それから塩をひと振り。

「何であんなに小奇麗なんだ? あんたまだ子供だろ」
「君は汚すぎるし、君だって子供だ。年だってそう変わらないだろう」
「あんたっていう個人の匂いがしない」

僕は黙る。答えに詰まったわけでもなく、言っている意味がわからないわけでもなかった。それは両親にも言われたことだし、家に来た友達も違和感を覚えることはあったようだった。
『ドラマに出てくる部屋』『生活感がない』『ここほんとに君の部屋?』
みんないろいろと形容してくれたけど、詰まるところ、僕に個性がないだけの話だった。少なくとも、そう解釈している。

「悪かったね。没個性的で」

ご飯はもうとっくに煮立っていた。



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