優しい宇宙の隅っこで


わたしが朝家を出る頃に起きてきた、今日は休みだという隆くんが「晩飯なに食いたい?」と欠伸をしながら聞いてきた。朝から夕飯の話か…と思いつつ、こういう常に夕飯を考えている主婦っぽいのが隆くんだよなぁとも思う。

「お鍋がいいかな」

せっかくのお休みだけど、どうせ家で軽く仕事をした上で家事もきちんと済ませてくれるであろう彼に、夕飯ぐらいは手抜きをしてもらいたくてそう言った。

「鍋ね、了解」

気を付けてな、と軽く触れるだけの口付けを落として玄関で見送ってくれた部屋着姿の隆くんにいってきます、また帰る頃連絡するね、と告げて大好きな部屋を出た。






『今から帰るけど、何か買って帰るものある?』

きっかり定時に仕事を終えて、会社を出る前に隆くんに送ったメッセージ。駅に着いてもう一度確認すると既読は付いていたが返事はなかった。とりあえず駅から家までの間にあるいつもの24時間スーパーに立ち寄ろうとしたところで「ナマエー」と少し遠くから名前を呼ばれた。

「え、隆くん?」
「そろそろ帰ってくる頃かなと思って」

もうちょっと早く家出て駅まで迎えに行くつもりだったんだけど…と恐らくさっきまで家で仕事をしていたであろう隆くんの服に付いている糸くずを指で摘んで取ると、悪いと苦笑いされた。きっと急いで片付けて家を出てきてくれたんだろう。

できることなら家に仕事を持ち込んでほしくないけれど、そうしないとアトリエから帰ってこなくなるのも目に見えている。だからわたしが何も言わないのも隆くんも分かっていて。まぁ今更そんなことで拗ねたりはしないけど、お鍋の具材ぐらいはちょっと豪華にしてもらいたいところだ。


「何鍋にする?」
「じゃあ鶏だしで締めはラーメン」
「おっ、いいじゃん」
「魚介も食べたい」
「海老とか?」
「鶏だしに合うかな」
「合うんじゃね、鍋だしなんでもいけるだろ」

カートを押す隆くんが野菜売り場で次々にカゴに野菜を放り込んでいく。それを見てわたしは隆くんから離れて日用品を取りに行った。以前友達が「彼氏1人だと買い物もままならない」と愚痴っていたことをふと思い出す。隆くんにそんな心配したことないな。むしろいつも買い物に来る度に怒られるのはわたしの方だ。

「いや、買いすぎだろ」
「そう?」

精肉売り場で特売のシールが貼られた鶏モモ肉を選んでいる隆くんの元に戻り、取ってきた日用品の他に大量のお酒とお菓子をカゴの中に放り込むと溜息混じりの呆れた声で言われた。

「隆くんも飲むでしょ?」
「でも今日こんな買う必要ねぇだろ」
「いいじゃん、どうせ飲むんだし」

アイス取ってくるね、とまた隆くんから離れると「1つだけなー」と後ろから声をかけられた。わたしは子どもか。

「いや、1つってそういうことじゃねぇから」
「えー」
「えーじゃない」
「ケチ」
「ケチじゃない」

野菜と鶏肉と海老、豆腐、締めの中華麺までカゴに入れた隆くんがアイス売り場で悩むわたしのところまでやって来た。アイスは1つだけ、という約束を守って箱アイスをカゴに入れようとすると「こーら」と頭を小突かれた。こんなやりとりもいつものことだ。

なんだかんだ文句を言われながらも一度カゴに入れたものを全て買ったら一袋には入り切らなかった。ガサガサと音を鳴らしながら両手に買い物袋を持つ隆くんの隣に並んで、薄暗くなりつつある道を歩く。少し前まではこの時間にはもう真っ暗だったのに、最近日が長くなってきた。この調子で気温も高くなってくれたらいいのにと思うけど、きっとまだまだ寒い日は続くんだろう。「日長くなってきたけどまだまだ寒いなー」と隣を歩く隆くんが呟いて、その言葉にマフラーの中でこっそり口元を緩めた。

「そっちの袋貸して」
「え?」
「で、手はこっち」

隆くんの手からビニール袋を奪い取って、空になったその手を取った。思ったよりも冷たい隆くんの掌と、指先は冷たいけど掌だけは暖かいわたしの体温がゆっくりと溶け合っていく。

ほんの少しだけ頬を赤く染めた隆くんがわたしを見下ろした。照れた隆くんなんてレアすぎる。その顔を目に焼き付けようとじぃっと見つめていたら「あんま見んな」と前を向いてしまった。

「つーかそっち重くない?」
「ちょっと重い…」

隆くんから奪った袋はわたしがしこたま買い込んだ缶ビールや酎ハイが入っていた。持てないわけではないけども、家に着く頃には確実に手は赤くなるだろう。

「そっち俺持つからナマエこっち持って」
「ん、ありがと」

そう言ってお互いが持っているビニール袋をお互いに差し出した。

「いや、手離さないと持てねぇから」
「えー…うん」

「どんだけ俺と手繋ぎたいんだよ」と笑った隆くんがわたしの手から袋を奪い取って、結局片手で2袋持って再び歩き出した。

「重くないの?」
「重いに決まってんだろ」

そう言いながらも繋がれた手にさっきよりもぎゅっと力が込められて、わたしはまたマフラーの中で小さく頬を緩めた。
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