添い遂げる約束を探している


「ただいまー…あ、まだ起きてたの?」

起きてたよ、ちょっとだけでも顔見たいなと思ったから遅くまで起きて千冬くんの帰りを待ってたんだよ。起きてたの?じゃないよバカ!という言葉を飲み込む。

「おかえり、千冬くん今日お弁当忘れてたよ」
「あー、ごめん…せっかく作ってくれたのに…」
「それは別にいいけど…あのさ、明日の夜なんだけど、」
「うわ、めっちゃメール溜まってる…ごめん、その話あとでいい?」
「…うん」
「ほんとごめん」

というのが昨日、いや日付が変わっていたから今日の夜中の会話。そのあとわたしが先に寝てしまうまで千冬くんは寝室には来なかった。というか多分ソファで寝落ちして寝室で寝ていない。なんなら作っておいた晩ご飯も手付かず。

つい先ほど「いってきます!」と起きてから15分でバタバタと準備して出て行った千冬くんが今日もテーブルの上に置いて行ってしまったお弁当が入ったランチバックを渡そうと慌てて玄関に行くと、ちょうどガチャンと音を立てて扉が閉まるところだった。鍵ぐらい閉めて行ってよ、このマンションオートロック付いてないんだから…というわたしの呟きは千冬くんにはもう聞こえない。今から追いかければすぐに追いつけるだろうけど、なんだかもうそんな気分にもなれない。


千冬くんは数ヶ月前に場地くんと一緒にペットショップを開店した。何度か会った(というか挨拶しただけだけど)一虎くんというお友達もお店を手伝ってくれているらしい。それ以来千冬くんはとっっっっっても忙しそうで、一緒に暮らしているというのに顔を合わせない日もあるぐらいだ。ほとんど毎日わたしより早く出かけて遅くに帰ってくる。開業したんだから忙しいのは仕方ないとは思うけど、そんな生活も2ヶ月が過ぎた辺りから段々と不満も出てくるってもんで。最初は休みの日ぐらいゆっくり寝かせておいてあげようと思っていたけど、今ではどうせ1日寝るんでしょ?と、起こす気にもならなくなってきた。前は分担していた家事も、今ではほとんどわたしがやっている。「最近家のことなんもできてなくてごめん、その分家賃とか光熱費多く出すから」と申し訳なさそうに言われてしまえばわたしは文句も言えない。

最後に一緒に朝ごはんを食べたのだって、もういつだったかも思い出せない。小さいと思って買ったダイニングテーブルも1人には大きく感じてしまう。何が1番嫌かって、こんな生活を寂しいと思っているのがわたしだけだということだ。千冬くんは毎日忙しいけど充実していて寂しさなんて感じていないように見える。考えたくないけど、そういうことだって…レスとまではいかなくとも最近は目に見えて回数が減った。


あぁ、やだなこの感じ。千冬くんの生活にわたしが必要ないような、高1の時と同じ感じ。千冬くんに別れようって切り出されるのが怖い。もう同じ過ちは繰り返さないと決めて再び付き合い始めたけれど、それももう5年前の話で。あの頃とはわたしたちを取り巻く環境は大きく変わってしまった。環境が変われば気持ちが変わってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

「はぁぁ……」

あの頃と同じようにならないためにも、ここはわたしが我慢するしかないんだろう。そう思うと深い溜息が溢れた。とりあえずお弁当は勿体無いからあとで店まで届けてあげよう。






「千冬くん、お疲れ様」
「え、ナマエ?」

仕事中、コンビニで千冬くんの好きなお菓子と飲み物を買ってお弁当と一緒に彼の職場であるペケJランドに届けに来た。

「外回りで近くまで来たから…」
「別にわざわざ良かったのに」

お弁当とコンビニの袋を手渡して言われた言葉に唖然とする。いやいや、そこはありがとうでしょ?別に良かったのにってなに。さすがに腹が立って千冬くんに文句を言おうとしたところで「おい千冬、そこはまずありがとうだろー」という声が割って入った。

「ナマエちゃん久しぶりー」
「あ、どうもお久しぶりです」

割って入ってきたのは一虎くんだった。整った顔でにこっと笑われて、わたしも反射的に笑い返してしまった。

「ごめん、ナマエ…ありがとう」
「あーうん、いいえ」

気まずそうに頭を掻きながらありがとうと言った千冬くんに、人に言われないとお礼も言えないってどうなの?と心の中で悪態を吐く。せっかくお弁当を届けに来たのに、結局朝よりもイライラが増してしまった。こんなはずじゃなかったのに。

「そろそろ仕事戻るね。千冬くんも頑張って」
「ん、気を付けてな」
「はーい」

去り際ぐらいは可愛らしく笑って手を振ろうと「じゃあね」と言おうとしたところで、千冬くんはお客さんに呼ばれて行ってしまった。中途半端に上げた手を降ろして、わたしはまた溜息を吐いた。

「文句ぐらい言ってもいいんじゃない?」
「え?」
「千冬に不満があります!って顔してるから」
「…そんなに顔に出てました?」
「うん」

後ろから声をかけてきた一虎くんは面白そうに笑っている。その手の中には白いふわふわの子猫がいた。

「わ、可愛い」
「抱っこする?癒されるよ」

千冬へのイライラも治るかもよ、と差し出された子猫を受け取ると見た目通りのふわふわした感触と暖かな体温に一虎くんが言った通り千冬くんへのイライラがどんどん小さくなっていく。なんという癒し効果。今度猫カフェでも行ってみようかな。

「うー、癒される…」
「お、この子お迎えしちゃう?」
「…それもいいかもしれないですね」

だって、どうせ家にいてもいつもひとりだし。誰かさんは全然家にいないし。こんなに可愛い子が家にいたら少しは寂しさも紛れるかも知れない。

「本当にそろそろ仕事戻りますね」と、名残惜しさを感じつつも一虎くんに子猫を返しすと「またいつでもおいでよ」と、子猫の片足を上げて手を振る真似をさせた。わー、あざとい…。一虎くんって自分の顔の良さと使い道よく分かってるなぁ、と思わず感心してしまった。





その日の夜は会社の飲み会があって、本当は夜中に帰ってきた千冬くんにそのことを伝えようとしたけどメールが溜まっているからと聞いてもらえなかった。あー、連絡入れとかないとな、とスカートのポケットからスマホを取り出したところで、どうせ今日も千冬くんはまだまだ帰ってこないだろうし、もし千冬くんの方が帰宅が早くてもちょっとぐらい心配すればいいんだ、晩ご飯だってどうせ作ったって食べないんだし…と思い特に連絡はせずスマホをポケットに戻した。


飲み会が始まって1時間ほど経った頃、ポケットの中でスマホが震えて画面を確認すると千冬くんからの着信で、よく見ると既に3回着信が残っていた。いつもならまだ仕事をしている時間なのに、何かあったのだろうかと「ごめん、ちょっと電話してくるね」と声をかけて席を立ち折り返すと『ナマエ?今どこにいんの?』と電話越しでもわかるぐらい不機嫌な千冬くんの声が聞こえた。いやいやいや、怒ってるのはこっちなんですけど?

「会社の飲み会だけど」
『なんで言わねぇんだよ』
「言おうとしたのに聞いてくれなかったのはそっちでしょ」
『…ラインぐらい入れとけよ』
「はいはい、すいませんでした」

もういい?切るよと言うと、少し間を開けてから『どこの店?終わったら迎えに行くから住所送って』と言われた。千冬くんが迎えに来てくれるのなんていつぶりだろうか。嬉しくて弾みそうになる声を必死に抑えて「わかった」とだけ返事をした。



「お疲れ」
「…ありがと」

飲み会が終わりお店を出ると見慣れた千冬くんの車が停まっていた。何もお店の目の前で待たなくても…と思いながら同僚たちからの視線を感じつつ「お先に失礼します」と軽く頭を下げて助手席に乗り込んだ。

「さっきナマエに話しかけてたやつ誰?」
「え?あぁ、支店長だよ」
「ふーん、若いんだな」
「そうだね、32とかだったと思うけど」

へぇ、なんて自分から聞いてきたくせに大して興味なさそうに前を向いて車を走らせる千冬くんの横顔をチラリと伺う。

「今日は仕事終わるの早かったんだね」
「あー…うん、まぁ」

それ以降会話は止まってしまって、車の中はなんとも言えない空気が流れる。

カチカチと鳴るウィンカーの音を聞きながら、すっかり見慣れた道を通り、千冬くんとわたしが暮らす部屋へ真っ直ぐ帰っていることに気付く。ここでどこか夜景の綺麗な場所にでも連れて行ってくれたらわたしの気持ちも少しは晴れるのかな。そんなあからさまな機嫌取りみたいなことをされても更にイラつくだけなのかもしれないけれど。



マンションから少し離れた月極の駐車場に車が停められて、でもわたしはすぐに立ち上がる気にはなんとなくなれなくて。それは千冬くんも同じようだった。

ケンカしたいわけじゃないのに、我慢しなきゃって朝思ったばかりなのに。わたしが千冬くんの前で泣くのはこれが3度目だった。突然泣き出したわたしの手を千冬くんがぎゅっと握る。

「わたしたち、一緒に暮らしてる意味あるの」
「…ごめん」
「それは何に対しての『ごめん』なの?」
「ナマエとのこと、ちゃんとしなきゃとはずっと思ってて」
「ちゃんとって、なに…」

千冬くんは気まずそうにハンドルを握ったまま話した。それはちゃんと、いろんなことを精算して別れる、ということなんだろうか。千冬くんの次の言葉が怖くて、俯いて目をぎゅっと瞑るとまた涙がぽろりと溢れた。


「それは、その…結婚、とか…」
「えっ」
「でも開業したばっかで正直今そんな余裕ねぇし、それで早く店を軌道に乗せて金も貯めなきゃって、焦って仕事詰め込んでたっつーか…」

思っていたのとは正反対の言葉が聞こえてきて、思わず顔を上げた。驚き過ぎて涙も止まった。

「ごめん」
「…そういうのは千冬くん1人の問題じゃないじゃん」

結婚とか、お金とか、千冬くんがちゃんと考えてくれていたのは嬉しいけど、そこにわたしが置いてけぼりでは意味がない。だってこれってふたりのことでしょ?

「これからはちゃんと相談して。わたしだって、千冬くん以外と結婚する気なんてないんだから…っ」
「ん、ごめん…ちゃんと言えば良かった」
「結婚、とか…ちゃんと考えてくれてるのは嬉しいけど、やっぱり毎日1人は寂しいよ」

千冬くんは握っていた手を離し、運転席から少しだけ身を乗り出してまた泣き出したわたしの頭を優しく抱きしめた。



しばらくして泣き止んだわたしに「帰ろっか」と千冬くんが少し困ったように眉を下げて笑って、駐車場からマンションまで、久しぶりに手を繋いで帰った。外観は古いけど、部屋の中はほとんど新築みたいな部屋に入るとやっぱりこの部屋が好きだなって思った。



それぞれお風呂に入って寝る準備をして、一緒に布団に入った。千冬くんがわたしの腰に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。暖かい千冬くんの足にもう冷たくなってしまったわたしの爪先を押し付けると「やめろって」と笑われた。

「一虎くんに、今日は早く帰れって言われて。でも帰ったらナマエいねぇし…出て行ったのかと思ってめちゃくちゃ焦った」

あぁ、それで早かったのかと納得する。一虎くん、ファインプレーです。

「あのさ、休みの日叩き起こしてくれていいから」
「いいの?」
「俺も帰ってきたら寝てるナマエ起こすかもしれないけど」
「えー…それはちょっと」
「別に先に寝てるのはいいんだけどさ」

隣にいた千冬くんがわたしの上に覆い被さるようにして、そっと唇を押し付けた。

「たまにはこういうこともしたい」
「うん…わたしも」


千冬くんから給料3ヶ月分、とまではいかないけれど、とびきり素敵な指輪を渡されて、またわたしが泣いてしまうのはこれから数ヶ月後のお話。




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