かつての春と同じ音


「おはよ」
「んぅ…おはよう…」

同棲2日目の朝。まだ段ボールだらけの部屋のど真ん中に置かれた真新しいダブルベッドは昨日なんとか場所を確保して設置したものだ。同棲初日の昨夜はまぁ当たり前に盛り上がってしまい眠りについたのはとっくに日付が変わったあとだった。まだやることいっぱいあるし7時には起きようね、なんて言ってナマエがセットしたアラームが止まってから既に40分が経過している。んーとかうーとか言いながらまだ眠そうに布団の中でもぞもぞと動くナマエの頭を撫でると、ふにゃりとだらしなく頬を緩めた。

「ふへへ」
「なに笑ってんの」
「朝起きて千冬くんが同じお布団にいるの、幸せだなぁと思って」

これが今日から当たり前なのが嬉しい、と目を細めて笑ったナマエを今すぐ押し倒したい気持ちをぐっと堪えて抱きしめるだけに留めた俺を誰か褒めてほしい。



ナマエと俺が大学を卒業してから2年目の春。お互いの職場の中間地点、よりも少しナマエの職場寄りの場所に2人で住むためのマンションを借りた。社会人2年目の俺たちには新築の広い部屋を借りるような金はもちろんなく、それなりの築年数で外観はちょっとアレだけど、内装はリノベーションされてそこそこ綺麗な2LDK。内見に来たときに南向きのリビングから繋がるベランダを見て「洗濯物が良く乾きそうだね」とナマエが笑っていた。

真新しい洗濯機はナマエが「どうせ長く使うなら良いものがほしい」と言って選んだもので、今この部屋にあるものの中では1番高価なものだ。カゴに入った2人分の洗濯物と洗剤と柔軟剤を入れたところで「他に洗濯物あるー?」とキッチンで朝食を用意してくれているナマエに声をかけると「大丈夫ー!」と返ってきた。

キッチンを覗くとナマエが目玉焼きとウィンナーを焼いているところだった。ナマエの実家のものを新調するからと貰った、少し年季の入ったトースターには食パンが2枚入っている。部屋着代わりのTシャツとショートパンツ、髪をゆるくまとめたナマエがキッチンに立って朝食を用意している姿はなんかもう…結構クるものがあって、後ろから細い腰に腕を回すと「どうしたのー?」とクスクス笑って首だけ振り返ったナマエにそのままキスしようとしたら「こら」と言って口にプチトマトを入れられた。こら、なんて言ったくせに身体ごと後ろを振り返り俺の後頭部を引き寄せて自分から唇を重ねてくるナマエはいつも俺のことをずるいなんて言うけれど、俺から言わせてみればナマエの方がよっぽどずるい。

チンとパンが焼けた音が鳴って、真っ白い皿に食パンと目玉焼きとウィンナー、それと申し訳程度のプチトマトを乗せ、引っ越す前にお揃いで買った色違いのマグカップにコーヒーを淹れて、先日ネットで買った2人用の小さなダイニングテーブルに運んだ。

昨日の夜は荷解きに追われて結局外食にしたから、この部屋でご飯を食べるのはこれが初めてだ。

「「いただきます」」

ナマエと向かい合って食事をするのなんてもちろん初めてじゃないし、泊まりで出かけたことも何度もあるから一緒に朝食を食べたことだってあるのに、なんとなく気恥ずかしくて「天気良いなー」「そうだね」なんて付き合いたての中学生のようなぎこちない会話をしていると、「ふふ、なんか照れるね」とナマエがはにかむように笑った。



ナマエが朝食の片付けとリビングの掃除機がけ、俺が寝室の片付けをしているとピーッと洗濯が終わったことを知らせる音がした。段ボールを避けつつリビングに顔を出し「俺干しとくわ」とナマエに声をかけた。「あ、ごめんお願い!」と掃除機の音にかき消された小さなナマエの声を聞き取って、洗濯機の蓋を開け、湿った洗濯物をカゴに放り込みベランダに出た。ナマエが言っていたように南向きのリビングから繋がるベランダは日当たりが良くて、まだ春先だというのに特に暖かい今日は昼過ぎには洗濯物が乾きそうなほどだった。


新しいまだふわふわのタオルや、見慣れた自分のTシャツ、ナマエのブラウスを干しているとカゴの下の方から小さい分厚めのネットに入った洗濯物が現れた。ネットのファスナーを開けて取り出した中身は、なんとなく見覚えのあるピンクのリボンとレースがついたブラジャーとショーツ。へー、女物の下着ってネットに入れて洗うんだな、なんて思いながらそういえばこれ昨日脱がせたな、とヒラヒラのショーツを手に取って広げ干そうとしたとき、後ろからバッとソレを奪われた。

「ちょっ、あの!これは自分でやるから…!」
「…ナマエの下着なんてもう見慣れてんだから今更気にすんなよ」
「ねぇ、ちょっと言い方!」

自分でも言ってからあまり良くない言い方をしたな、とは思ったけど、これから一緒に暮らしていくのに相手の下着だけ干さないなんてそれもおかしな話だ。

「どうせすぐ慣れるって」
「あっ、ちょっと!」

ナマエの手からピンクのショーツを奪い返してそれを干した。まだ納得していないような顔をしているナマエは「洗濯は分担するのやめようかな…」なんて言い出している。

「お互い仕事してんだから家事分担しないってのは無理だろ。諦めろ」
「あーもう…洗濯物干すときに下着見られるなんて考えてなかった…」
「だから、ナマエの下着なんて一通り見たことあるから。もう今更だって」

さっきのだって昨日脱がせたやつだし、と続ければ顔を赤くしたナマエが「最っ低!!」とカゴに入っていたまだ干していなかったタオルを投げつけた。

「千冬くんに見せたことない下着だってあるもん!」

なんて言ってからしまった、というような顔をしたナマエに近付いて「へぇ?どんなの?」と聞きながらリビングにあるソファに押し倒した。

「ま、待って、まだ片付け終わってない!洗濯物も!」
「ナマエが俺に見せたことない下着あるとか言うからじゃん」
「わたしのせいにしないで!…ひゃっ!」

ナマエのゆるいTシャツの裾から手を入れて腰や脇腹を撫でながら上へと手を滑らせていく。

「も、待って…!ぁっ…、」
「…ベッド行く?」

甘い声を漏らしたナマエにわざとらしく聞けば、顔を真っ赤にして小さく頷いた。

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