ドラマチック・アイロニー
コンビニの前に設置された車止めのポールに座って、先ほど買ったばかりの缶酎ハイ片手にフライドポテトを食べていたわたしの隣に、同じくコンビニからビールを買って出てきた隆が座った。
「まーた彼女と別れたんだって?」
「うるせ」
「どうせ仕事が忙しいとか言って放ったらかしたんでしょ?」
「付き合う前はそれでもいいって言うのに、なんで付き合ったらもっと構えって言うんだろうな」
「それが女ってもんですよ」
プシュッと音を鳴らして開けたビールに口を付けた隆がわたしが持っていたポテトをひとつ奪った。
「ナマエはまだ続いてんの?」
「えー、まぁ…一応」
「なに、一応って」
「…浮気されてるっぽいんだよね」
今付き合っているのは年下の男の子で、「ナマエちゃんの作るご飯めっちゃ好き」って笑う顔がとっても可愛い。しかしその可愛い笑顔を他所でも振り撒いていて色んな年上の女に「〇〇ちゃんの作るご飯が1番好きだな」って言っているタイプの男だった。
「またか」
「またって言わないで!」
「だってナマエ毎回それじゃん」
男見る目なさすぎ、と呆れた顔で言う隆だって毎回毎回同じ理由で別れるくせに。隆もいい加減仕事のことで文句言わない女と付き合いなよ、と言い返すと「そんな女この世に存在すんの?」と言われた。いますけど、ここに。
小学校に入る前から一緒にいるこの男のことで知らないことなんてなんてないんじゃないかってぐらい、お互いのことはよく知っているし理解している。
小学生の頃は色恋の話なんて全くと言っていいほどしたことなかったのに、中学生になってからはこのコンビニで同じように車止めのポールに座って、コーラを飲みながら当時のお互いの恋人の愚痴を溢していた。
「彼氏がさ、最近ずっっっとメールしてんの」
多分相手は女の子だろう。ちょっと頭の弱い当時の彼氏はメールの相手ごとに携帯のライトの色を変えていて、ここ最近はメールが来るたびにピンクに光っていた。ピンクにするならわたしだろうが、と思ったが呆れすぎて文句を言う気も失せた。
「彼氏ってあの5組のやつ?」
「そう」
「それはクロだな」
「やっぱそう思う?」
「思う」
携帯は見んなよ?いいことねぇから、と言った隆も携帯に見られたくないメールでもあるんだろうか。隆の当時の彼女も同じ中学の子で、学年でも可愛いと有名な女の子だった。
「隆は?最近どうなの?」
「東卍の集会に着いて行きたいって言われてさぁ」
「へぇ…」
あんな不良の集まりによく行きたいなんて思えるな。可愛い顔して度胸あるんだなぁ、と思った。
「ダメって言ったら、わたしとチームどっちが大事なの?だって」
「うっわぁ…そんな台詞本当に言う子いるんだね」
「だろ?大事の種類が違うじゃん」
「でも優しい隆くんは「お前の方が大事だよ」とか言うんでしょー?」
揶揄うように言って隣に座る隆の顔を覗き込むと、頬を赤くして照れた顔で「うるせぇ」と言った。その顔がたまらなく可愛くて、嘘でも「お前の方が大事だよ」って言ってもらえる女の子が羨ましくて仕方なかった。
「ナマエはどうすんの」
「どうって、何が?」
「彼氏と別れんの?」
「まぁ…浮気はないよねぇ」
「ねぇな」
「そんな男、お前には合わねぇよ」なんて、彼女いるくせに…望みもないのにそんなこと言わないでほしい。このときばかりは隆の優しさが苦しかった。
◇
「なんで男ってみんな浮気するんだろ」
「男がみんな浮気するわけじゃねぇからな?」
「隆はしなさそうだよね…」
「しねぇな。時間の無駄過ぎて」
ごもっともだ。浮気しない男もちゃんと存在するのに、なんでわたしが付き合う相手はこうも毎回浮気をするんだろうか。よっぽどわたしが付き合っていてつまらない女なのかと自信を失くしてしまいそうだ。
「別れねぇの?」
「どうしようねー」
「いや、別れろよ」
「うーん…浮気するなら別れるとは言ったんだけどさ、すぐに謝って俺にはナマエちゃんだけだからって言ってきたからもう一回だけチャンスあげようかなぁって」
「典型的なダメ男じゃん」
「そうだよねぇ」
わたしもそう思う。残り少なくなった酎ハイを一口で飲み干した。わたしだって人並みに恋愛して人並みに幸せになりたいのに、どうしてこうも毎回上手くいかないんだろう。
「そんな男にお前はもったいねぇな」
「…相変わらず隆は優しいね」
「優しくなんてねぇよ」
同じように空になったビールの缶を握りつぶした隆が、後ろに設置されているゴミ箱にそれを投げ捨てた。それに倣うようにわたしも立ち上がり、飲み終えた酎ハイの缶とフライドポテトが入っていた紙袋を捨てて「そろそろ帰ろっか」と、歩き出そうとわたしの手首を隆が掴んだ。
「俺、今ならナマエのこと幸せにできる」
聞き間違いかと思った。だってまさか隆の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかったから。
「え…なに、言ってんの?」
「そんな男より俺にしとけって言ってんの」
「ま、って…意味、分かんない…」
振り返ることもできず前を向いたままのわたしの肩を掴み、身体ごと隆の方に向けられる。
「本当に意味分かんない?」
真っ直ぐにわたしを見つめる隆から目を逸らすことができなくて、顔がじわじわと熱を持ち始める。
「本気で言ってる…?」
「こんなこと冗談で言わねぇよ」
暗くてよく見えなかったが、恐らく隆の顔も少し赤くなっていて照れたように吐き捨てられた言葉と久しぶりに見たその表情に、あぁやっぱり可愛いな、と思ってしまう。
「もう1回だけ言うから、よく聞けよ」
「ナマエのことは俺が幸せにするから、そんな男とは別れて俺を選んで」
その言葉に小さく頷くと赤くなったわたしの頬に隆の手が添えられて、まるで中学生のような軽く触れるだけの口付けをされた。