ゆめを終えるベルを鳴らして


大学時代の友人数人で集まった大晦日の宅飲み。毎年恒例であるこの飲み会に来るメンバーは年を追うごとに少なくなっていく。喜ばしいことはではあるものの、自分がいつまでもこのメンバーから抜け出せないことへの焦りももちろんある。

「えー!来年結婚すんの!?」
「まじ!?おめでとうー!」
「おー、ありがとな!」

そういって缶ビール片手に嬉しそうに笑う男は数ヶ月前に捕まえた会社の可愛い後輩と結婚するらしい。所謂アラサーと呼ばれる年齢になり、交際期間1年未満で結婚に踏み切るやつが顕著に増えてきた気がする。この波に俺も乗れたらな、なんてもちろん口には出さないけど。仕事が忙しく彼女ができてもつい放ったらかしにしがちな自分が特定の相手と長く続くことはあまりなく、つい先日、しかもクリスマスに別れようと電話で告げられたばかりだった。元旦である明日、実家に帰り「まだ結婚しないの?お母さん早く孫の顔が見たいなー」と母親に言われるであろう言葉を考えると思わず溜息が溢れ出た。


「また先越されたねぇ」
「それな」

よいしょ、と赤ワインが並々注がれたグラスを手に俺の隣に座ったナマエは「おめでたいけど、あいつに先越されるの悔しくない?」と笑った。

「明日実家帰ったらさー、また親に言われるんだよ。あんたは結婚まだなの?って」
「俺も。孫の顔見せろってな」
「そうそれ!見せれるならとっくに見せてるっての」

テーブルに置かれた酒のアテを2人でちまちまつまみつつ同じような愚痴を溢してアルコールを摂取し続けた。


始まる頃には大量の酒とツマミがあったはずなのに、日付が変わる1時間前には酒が切れてしまった。みんなどんだけ飲んでんだよ、と思ったが自分も既に缶ビール5本は開けている。しかし酒は強い方で、まだ全然酔うには足りない。しかしこのときばかりは自分の酒の強さを恨んだ。「じゃあ買い出しよろしくね」と、この部屋の持ち主である同級生の女に1万円札を渡された俺はダウンを着込み、大量の靴が散乱する玄関で自分のスニーカーを履こうとしたそのときだった。

「ナマエも一緒に行ってくれない?」

買い出し1人じゃ大変だし、あんたもまだ酔ってないでしょ?と先程俺に万札を渡した女がナマエに上着を渡していた。見ていたスマホから顔を上げたナマエが「あー、うん。いいよ」と上着を着て玄関へとやってきた。前言撤回、やっぱり酒は強いに越したことはない。



「うー、外寒いねー」
「だな」

寒い寒いと言いながらポケットに突っ込まれたナマエの手をどうやって握ろうかとタイミングを狙っているうちに、コンビニに着いてしまった。俺が持つカゴの中に酒とつまみをどんどん放り込んでいくナマエに「いや、重いわ」と文句を言うと「えーごめんねー?」と軽く笑われて、その笑顔に不覚にもちょっときゅんとしてしまった。

ナマエの前で少しでもいい格好をしたくて「これぐらいなら俺が出すよ」と、先ほど渡された万札からではなく自分の財布から支払った俺を見て「太っ腹だね?」と伺うように顔を見上げてくるナマエの上目遣いもやたらとあざとく感じてしまう。これはもう、2人で抜け出すしかなくないか?そしてそのまま年越し、あわよくば…

コンビニから出てそこそこの重さのビニール袋を持ってまた先ほどのマンションまでの短い距離を並んで歩く。早く、早く2人で抜けようって言わなければ。俺は意を決してナマエの細い手首を掴んだ。

「あのさ…ナマエ、俺ら2人でこのまま…「ナマエ」

そのとき、前から歩いてきた男が俺の言葉を遮ってナマエの名前を呼んだ。

「え、誰?」
「タカちゃん…」
「タカちゃん?」

知り合い?と聞くとナマエが俯きがちに小さく頷いた。タカちゃんと呼ばれた男が鋭い視線をこちらへ向けたので、俺は掴んでいたナマエの手首を慌てて離した。

「お前なんで電話出ねぇの?」
「…気付かなかったの」
「絶対嘘だろ」
「だって、どうせタカちゃん仕事じゃん」

突然始まった見知らぬ男とナマエの言い争いに置いてけぼりを食らった俺はただその場に立ち尽くすことしかできず、というか、もうこの流れでこの男が何者であるかなんて聞かなくても分かる。

「あのナマエ…「ちょっとすいません」

居た堪れなくなってこの場から立ち去ろうとナマエの名を口にするとまたしても俺の言葉を遮った、タカちゃんと呼ばれる恐らくナマエの彼氏であろう男が、俺の隣にいたナマエの肩を抱いて連れて行った。

「ちょっと!何すんの!」
「いいから」
「やだ!わたしまだ飲み会の途中だし!」
「…あのさぁ、俺結構本気で怒ってんだけど」

それきり黙ってしまったナマエを連れてコインパーキングの方へと歩いて行った男の背中を、俺は呆然と見つめていた。そしてハッと我に返り慌てて追いかけた。だってナマエめちゃくちゃ嫌がってたし…もしあれがやべぇ男だったら…そう思って追いかけた、のに。


「んっ、タカちゃ、ん…」

追いかけた先の駐車場にいたのはキスをせがむように彼氏の首に腕を回すナマエだった。男の手はナマエの腰に添えられていて、もう片方の手で頭を優しく撫でていた。

「ごめん、年末も仕事ばっかで」
「わたしだって人並みに寂しいって思うんだから…」
「ん、ほんとごめん…でも他の男と一緒にいるのはだめ」
「みんなで飲んでただけだって」
「さっきの奴は絶対そう思ってないから」
「そんなこと…んぅっ…」

もう一度深く口付け合う2人。一瞬、ほんの一瞬、勘違いかもしれないが男が俺の方をちらりと見た気がした。いや多分見た。そして俺に見せつけるようにナマエの後頭部に手を添えて更に深い口づけをしはじめた。

「…男はみんなあわよくばって思ってんだよ」
「タカちゃんも今そう思ってる…?」
「当たり前だろ」
「もっ、バカ…」

今にも路上でおっぱじめそうな雰囲気の2人に俺は即回れ右をし、ガサゴソと鳴る重たいビニール袋を抱え直してみんなが待つマンションへの道を1人寂しく歩いた。




「あ、おかえりー」

買い出しありがとねー、と俺とナマエに買い出しを頼んだ女が俺から袋を受け取った。

「ナマエの彼氏迎えに来たー?」
「…なんで知ってんの?」
「三ツ谷くんにナマエの居場所教えたのわたしだもん」

そういえばこいつはナマエとは大学時代からの1番の親友だ。ナマエに彼氏がいて、こいつが知らないはずがない。

「分かってて俺とナマエ買い出しに行かせたのかよ!」
「えーなんのことー?」
「うっわ、まじか…まじかよ…」
「ナマエの彼氏イケメンだったでしょ?」
「イケメンでした…」
「将来有望なデザイナーの卵らしいよ」
「俺に勝ち目ゼロじゃん…あーくっそ…!」

今頃2人は車の中でしけこんでいるか、ホテルにでも行ったか、どうせ仲良くカウントダウンでもしているんだろう。まぁまぁ、酒でも飲みなよ。そう言って手渡された先程ナマエと買いに行った缶を開けて、今日は潰れるまで飲むぞ、と一気にビールを流し込んだ。



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