BIRTHDAY | ナノ
雑誌でも、ファンサイトでも数か月前から騒がれていた黄瀬の誕生日。それは学校内でも、外でも同じだった。朝から門の前に集まる他校生に隣にいた黄瀬は大きな体を縮こまらせて「うっわー…」と低い声を上げた。
それもそうだ。この数はない。と、私も溜息を一つ吐きそうになる。

「どうするのあれ。相手してたら朝練遅れるよ」
「そうなんスよねぇ…でも、わざわざこんな朝早く来てくれたし、」

相変わらず甘いことを言う黄瀬を、笠松先輩じゃないけど蹴り飛ばしたくなった。朝練とあの集団、どっちが大事かなんて黄瀬が一番わかっているくせに。
じとりと睨めば、一段と情けない顔をして「いや、わかってるっスよ!」と。本当にわかってるのか、この男は。
近づけば近づくほど彼女たちの声はよく耳に入ってくる。何を買った、何を作った、喜んでくれるかな、受け取ってくれるかな、と頬を染めて騒ぐ姿は恋でもしているようだ。

「いや、もうあれっスね!強行突破しかないっス!」

それを何血迷ったのか、ぐっと拳を握りしめる黄瀬。あんな中…ざっと30人前後いるだろう中を抜けられると思っているのか。頑張れ、という意味を込めてポンと背を叩けば「ほら、行くっスよ!」と私の腕を引っ張り黄瀬は走り出した。
拒否する余裕すら与えてくれず、気が付けば耳をつんざくような歓声の中を黄瀬に腕を引かれて走っていた。
走り抜けたときには、制服はぐちゃぐちゃで私の息は今までにないぐらい上がっている。けれど、目の前の黄瀬は制服はぐちゃぐちゃだったけれど、部活のお蔭か息ひとつも乱していなかった。

「苗字っち、大丈夫っスか?」
「だ、いじょうぶなわけ、ないでしょ…!」
「あはは、本当スね」

余裕そうな黄瀬に少し腹立つ。第一、私は走らなくても良かったのに。キッと黄瀬を睨めば苦笑いをして「ほら、早く部活行こう」とまだ息も整っていないのに腕を引っ張られる。
体育館を除けば、たくさんのクラッカーの音に黄瀬は目を丸くしたあと、少しだけ涙を滲ませていた。その調子で、教室でもお祝いをされて、帰る頃には黄瀬の両手にはたくさんのプレゼントが入った袋がぶら下がっていて。「重たいっス〜!」と嘆く割には凄く幸せそうな顔をしていた。
帰るまでにたくさんの人からプレゼントを貰って、黒子やさつきからもお祝いのメールを貰ったと嬉しそうにしていた黄瀬。

「ねぇ、苗字っち」

後はまた、人で溢れ返っているあの門を通るだけだ。けれど黄瀬は、プレゼントをたくさん詰め込みすぎて重たそうな袋を傍らに置いて私の腕を掴み足を止めた。

「俺、まだ苗字っちの口から聞いてないよ」
「言ったよ、朝」
「それは部活としてでしょ?」

語尾の「〜っス」をもはや忘れている黄瀬の表情はバスケの時みたいな真剣な顔だった。
恥ずかしくて思わず逸らそうとした私に気付いたのか、すぐにそれは阻まれる。「ねぇ」と黄瀬の大きな手が私の手を包み込んだ。

「好きな女の子から直接聞きたいって思うのはワガママっスか?」

そんなの、ズルい。いつも子供みたいだったのに、突然大人みたいな表情して、諭すような言い方までしてさ。
トクリトクリと速くなる心音を誤魔化すように溜息を一つついて、鞄の奥底にしまっていたプレゼントを黄瀬の前に出せば、パァッといつもの黄瀬に戻った笑顔でそれを受け取った。

「これ、プレゼントっスか!?」
「うん」
「ありがとっス!…けど、まだ聞いてないっスよ?」

何が、なんて聞かなくてもわかる。ひょいっと横から顔を覗き込まれて、顔が熱くなるのが自分でもわかった。その顔を隠すようにして、

「…誕生日、おめでとう」
「うん、ありがとう」

にっこりと、今までにないくらい嬉しそうに笑った黄瀬に心の奥が少しだけむず痒くなった。
ヘラヘラと締まりのない顔をする黄瀬に、ばか、なんて悪態を吐けば「そんなの好きな子に言われたら頬も緩むっスよ」と手を握られた。最初は解こうなんて思ったけど、今日は黄瀬の誕生日だし、こんな嬉しそうな顔をしたら悪い気はしなくて、暖かくて大きなその手をきゅっと握り返した。

Happy Birthday

06/18 黄瀬聖誕祭