-273℃の絶対零度 | ナノ
霊媒の事務所を開いてすぐに仕事が入った。涼太は、午前は仕事だからと言っていない。真太郎とテツヤを最初に連れて行こうと思ったが、もし客が来たときに敦と大輝では対処出来るのだろうかと心配になり、テツヤと大輝を連れて行くことにした。敦と真太郎は留守番だ。貰った住所のもとへと訪れる。外は至って普通の家だ。インターホンを鳴らし、そこの住人が出てくる間に僕の持っていたお札を二人へと数枚渡す。もしものことがあってはいけないからな。
住人が出てきて、さっそく中に入ろうとすると悪感が体中を巡った。これは、なかなかだな。一人でクスリと笑みを零し、後ろにいるテツヤと大輝を見てみれば二人も少しばかり勘付いたようだ。

「ここ最近、嫌な音が聞こえるんです。…誰かに見張られてるような気分にも、」
「…特にどこで聞こえますか?」
「そっちの、居間の、方…です」

顔を真っ青にする住人に詳しい話を聞いてくれ、とテツヤに指示を出して、野生の勘がよく働く大輝と共にそこへ入る。視える黒い靄が、この部屋は家中で一番酷いだろう。荷物を置かれているであろう扉を開けようと手を掛けると、大輝が突然大きな声を出した。

「お、おい、焦げた匂いがすっぞ」

すぐにその場所から手を離してバタバタと皆で台所へと向かうと、空っぽの鍋が真っ黒に焦げていた。急いで火を消しに行く大輝。パタパタと遠くに消えていく足音を耳に捉えて、そっと隣りにいる住人を見れば、目を見開いて、まただと小さく呟いた。何度もそう呟くと叫びだして、頭を抱えて座り込んだ。

「まただ、また…っまた!な、何をしたって言うの…!」
「落ち着いて下さい。また、ということは何度もあったんですね?」
「あ、…あ、はい」

随分と取り乱した様子で、ゆっくりと話し出した。買ったばかりの鍋やフライパン、何もかも台無しになったそうだ。指差した方向には、黒焦げになっている用具と割れた皿が積んである。今週でその量になったと本人は話した。とりあえず、僕たちが用意しておいたホテルに旦那と一緒に泊まってもらうことにしよう。テツヤにそのホテルに連れて行くように言い、大輝と家中を見て回る。

「…大輝はどう思うかい?」
「この家についてか?」
「ああ」
「ただのイタズラ、とは思えねーな」

そうか、と一つ返事をしてもう一度住人の言った居間へと辿り着く。さて、この扉の奥には何が待ち受けているのだろうか。気を抜くなよ、と言う僕の言葉におう、と大輝の返事を聞いて勢いよく扉を開いた。

ぶわり、真っ黒の何かが体のすぐ横を通った。

黒い闇に呑まれる前に
(さあ、御出ましだよ)
(…俺はどうすればいい)
(部屋から出れないように結界を頼む)
(了解)

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