thanks | ナノ
目の前に二枚の紙を見せて、真琴くんは突然手を合わせて頼んできた。ハルと一緒に水族館に行ってほしい、と。別に私は良かったし頷こうとしたら遙くんが勝手なことを言うな、と間に入ってきて。私とじゃ嫌なのかな、とかそういうことを考えていたけど、最終的には真琴くんに押されて頷く遙くん。そうして遙くんと水族館に行くことになった。

「あ、最初にどこ見る?」
「…イルカ」

ぼそりと余所を見ながら呟く遙くんの目線の先にはイルカショーのポスター。時間も近いし行こう、と手を引いて少し駆け足で会場へと向かった。水族館ではメインイベントとなるイルカショーにはたくさんの人がいて、ギリギリ空いていた席に座って。

「イルカ好きなの?」
「ああ、泳ぎが」
「そっか、キレイに泳ぐもんね。イルカも遙くんも」
「…バカにしないのか」

みんな、変わってるとバカにする。頬に長い睫の影がかかって、慌ててバカにするわけないよ、と遙くんの手を握って。キラキラと目を輝かせる遙くんに首を傾げていれば、わあっと観客の歓声と共にイルカが飛び跳ねた。
そうすれば、周りの人たちも私も遙くんもイルカショーに夢中になる。イルカって本当にすごい。

イルカショーを見終わってからの遙くんと言えば、何にでも興味を持ったようにアレコレと見て回りたがって。だけど、普段冷めてる遙くんを見てる私としては、凄く嬉しいことではぐれないようについて回った。
見て、と手を引かれた時はドキッとしたり。すごいね、と振り返ったら遙くんと顔が近かったり。思ってた以上に緊張することばかりなこの日。

そんな楽しい日も終わりが近づいてきて、閉館の音楽が鳴り、二人で近くの浜辺を歩きながら帰って。もう周りは真っ暗で、誰一人としていない。

「…名前、話しがある」
「ん、なあに?」

引かれた腕に従って、遙くんを振り返ると今までに見たこと無いほどの真剣な表情で私をじっと見つめて。波の音にかき消されそうなほどの小さな声で、遙くんは二文字の魔法のような言葉を紡いだ。
どくりどくりと高鳴る胸。顔が、体が熱くなる。遙くんに触られているところから、じわじわと広がる痺れ。何にも考えられないような思考回路なのに、私は勝手に頷いて、勝手に自分も好きだと伝えていた。ああ、恋ってこわい。

「…キス、してもいい」
「へ、いま…?」
「すごく、したい」

幸福を照らす
遙くんは恐る恐る、ゆっくりと私の唇に口づけて、幸せそうに笑った。

0910 thx.夜途