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『笠松先輩が好きです』
『…悪い。今は部活に専念してぇんだ』

あの日、私の精一杯の想いは部活によって潰されてしまった。でも、今となっては笠松先輩は正しかった。私が間違っていた。だって、インターハイっていう笠松先輩にとって大事な時を私は邪魔をしてしまうところだった。
女の人が苦手なのに、曖昧にしないで断ってくれた事だけで私の胸はいっぱい。けど、諦めるなんて選択肢は…。

「名前セーンパイ。どうしたんスか?ぼうっとして」
「…何でもないよ。ありがと、黄瀬君」
「いいっスよ。あ、この前ステキな店見つけたんスよ!」

きっと諦められるよ。だって、あと何ヶ月かすれば笠松先輩は卒業をする。黄瀬君主体に回っていくだろうし、そうなったら今よりも忙しくなる気がする。
一生懸命にいろんなことを話してくれる黄瀬君が可愛くて、楽しいし、今は忘れることが出来るかもしれない。見つけたステキなお店の話をしてくれる黄瀬君に、今度連れてって?と笑うと、目を輝かせた。これはいい返事が聞けそう。けれど、黄瀬君が返事するよりも先に、怒ったような声音で黄瀬君の名前を呼ぶ。私の心臓は驚いたように跳ねて、鼓動が速くなっていく。

「もー、なんスか笠松センパイ」
「なんスか、じゃねぇ。自主練中だ!」
「いいじゃないスかぁ、ちょっとくらいー」
「いいから練習しろ!」

笠松先輩は黄瀬君に蹴りを入れて、蹴られた黄瀬君は泣きながらコートに戻っていた。途中振り返った黄瀬君に笑顔で手を振って、口パクで頑張ってと言えば、笑顔で振り替えしてくれた。可愛いなぁ、大きなわんちゃんって感じ。
さて、仕事に戻ろう。くるりと踵を返して、クリップボードを手に取った時、ふと視線を感じた。ゆっくりと見てみれば、難しい顔をした笠松先輩がいて。ぱちりと目が合うと、悪い、と慌てた様子で目を反らされた。なに、その反応。ドキドキと波打つ私の心臓。今にでも、コート内に走り出しそうな笠松先輩の腕を両手で掴んで止めた。

「な、ななな?!」
「…やっぱり諦められないです。好きです、」
「…お前、黄瀬が好きなんじゃ」
「それは、弟とか後輩としてです。本当に好きなのは…」
「も、もういい!」

体育館内に響いた笠松先輩の、私を拒絶する言葉に、部員達は何だ何だと手を止めた。それに何でもねぇ、と言えばすぐに自主練に戻った。
ああ、だめ。泣いたらだめ。笠松先輩を困らせるだけだもん。すみませんでした、と頭を下げて泣きそうになる顔を見られたくなくて、俯いたまま体育館を出て行こうとすれば、止められた。

「…離して下さい。話は、終わりました」
「終わってねぇよ、まだ」
「…」
「…」

困らせたかったわけじゃない。ただ、今日だけはひとりで泣いて、明日には…明日からは頭をスッキリさせるつもりだった。
今は、部活が大切なんだ。お前も知ってるだろ?俺の失敗のせいで…。悔しそうに顔を歪める笠松先輩が真っ直ぐと私を見て、俺はその後悔を消したい、と。分かってる、そんな事は。ほら、やっぱり終わってる。掴まれた笠松先輩の腕を振り払おうと力を入れた時、さっきよりも掴む力が強くなった。

「でも、お前も同じくらい大切なんだ」
「…え」
「俺が、引退しても気持ちが変わらないんだったら、…俺と付き合ってくれ」

この恋はサクライロ

それは、笠松先輩は変わらないってことですか?嬉しくて泣きそうになる私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に触って、余所を見て、ああ、と言った。それは、苦手でそんな返事しか出来ない、というのとは違って、照れたからだ。私も変わりませんよ。ぎゅっと、力が緩くなって私の手まで落ちてきた、バスケをする大切な手を握った。

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