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跳びながら手を高く上にあげて友達と話している苗字の所に向かって、借りていた辞書をコツンと優しくぶつける。何してるんだ、と言えば振り返って伊月くんだ、と笑顔を見せる苗字と、驚いた顔をする友達。

「辞書、ありがとう。助かったよ」
「いいよー。お礼はマジバのシェイクで!」
「はいはい」
「やった!」

笑顔を絶やさない苗字に、自分の頬も緩みだした頃に友達が間に入ってきて半歩下がった。伊月くんって、名前と友達なの。とじっと見てくる彼女たちに、まあ、と曖昧な返事を返す。本当は、友達なんて思ってるの苗字だけだと思うけど。
相田さんとしか話さないのかと思った。と言った彼女たちの言葉に首を傾げると、伊月くんってモテるけど遊びに誘っても同じことしか返さないから、と理由を付け加えられる。別にそんなつもりはなかったし、実際に部活があるから断る理由が同じになると思うんだけどな。そんなことないよ、と笑うと少し騒ぎ出す彼女たちに苦笑いが零れた。女子のこのテンションはあんまり好きじゃないっていうのも、少し入るのかもしれない。

「もう、伊月くん!友達取らないでよっ」
「取ってないよ」
「今ね、火神くんのジャンプ力について話してたの」

火神?と聞き返せば、にっこりと笑って頷く。それであんなに手を上げて飛び跳ねてたのか、と納得が出来た。ダンクシュートばかりだけど、たまに普通にシュートする時がいいんだよね。友達にそう言って振り返って、ね、と笑う苗字に少しだけむっとして、俺だってダンクシュートは出来ないけど、普通のなら出来るよ、と言えば分かってるって、と返される。

「今日練習見ていくだろ?」
「また待っとけって言うのー?」
「シェイク飲みたいんだろ」
「分かった!」

じゃあな、と頭をぽんぽんと撫でれば普通に笑って手を振ってきた。後ろの友達たちも手を振ってきたから、笑っておいた。

***

「私もシュートしてみたい!」

練習が終わって自主練習の時に、苗字が突然そう騒ぎ出した。静かにしろって、と注意しても、してみたいと言って聞いてくれない。カントクは、いいんじゃないの、と笑っていたから、奥のゴールでさせてもらえることになった。
けど、やっぱり素人だとフリースローラインからでも難しいみたいで、頬を膨らませて拗ねる苗字。

「日向くんって、あんなにシュート出来てかっこいいよねー…」
「…俺だって出来るよ」

苗字の出てくるかっこいいっていう奴の名前は、いつも俺じゃない奴ばかりで腹が立ってしまった。日向や火神みたいな、スリーポイントやダンクなんて出来ないけどさ。放り投げたボールがキレイに弧を描いてゴールに吸い込まれていった。シュートされたボールがバウンドするのを背にして苗字に振り返れば、俺にばかり見せる、むっとした顔で、知ってるもん、と呟かれた。

この世界はソプラノで反響する

苗字の知ってるもんがどういう意味なのかは置いといて。正直に、胸にぐっと来て抑えきれそうになかったから、着替えてくる、と伝えて急いで部室に行く。何とか気持ちを落ち着けて、着替えていれば皆入ってきて、日向は苗字が外で待ってるぞ、と教えてくれた。お疲れ、と皆に告げていつも通り笑っている苗字の手を取って行くよ、と言った。きっと、この手を繋いだ意味も分かってないんだろうな。

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