thanks | ナノ
若松くんって、雰囲気が柔らかくなったよね。

先生に任された荷物を持って準備室に向かっている時、廊下ですれ違った女子がそう言っていた。私は、その出された名前に心臓が跳ねあがりそうになるのを抑えるのに必死だ。有名なバスケ部のレギュラーだ。知らない人はいないだろう。それに、今の子たちみたいに狙っている子も多い。耳にするのも仕方ない、かな。


「おい」
「…っ、なに」
「それ持つ」


噂をすれば、なんて。私の持っていたダンボールを軽々と持ち、隣に並ぶ若松。あの日以来、まともに見ることが出来ずにいた私は、今日もまた斜め下を見ながら持って行く場所を伝えた。
沈黙が流れる。最近よく、荷物を持ってくれるようになった若松は、一体何を考えてるんだろう。この前のこと?それとも、もういいって言おうとしてる、とか。自分を好きじゃなくなった、なんて言われたら私はどうするだろうか。笑って、全部なかったことに…。ズキ、と痛む胸に手を当てた。どうして痛いかなんて、分からない。知らない。


ぐるぐる。ぐるぐる。たくさんのことを考えてしまって、いつの間にかついていた。どこに置けばいいかと聞いてくるから、適当に、と答えて用事を済ませたので外に出ようと扉に手をかける。けれど、一向に動かずに、閉じ込められたかと焦ってしまった。このまま、若松と二人なんて。


「苗字」
「…やめて」
「こっち向け」
「いや」


嫌だ、と首を振って拒んでいれば肩に手を置かれて、ぐるりと若松の方を向かされた。怒る若松の顔があって、少しだけ泣きそうになる。怒られるのだろうか。いつまでもハッキリしない私を、若松は嫌いになったのか。……嫌いになられたから、泣きそうになる?自分の考えがおかしくて、でも気持ちは正直で。
目の前に広がったのは、青色のブレザーだった。温かくて、若松の温度だと思うのに時間はかからなかった。ぼそり、と耳元で言われた言葉に目を見開くしかなかった。どうして、泣きそうな顔してんだよ、なんて。じゃあ、どうして若松は気付くの。聞きたいことがあったけれど、それとは全く違う言葉が出てきた。


「人を、好きになっても……嫌われたら、悲しい」
「別に俺は…」
「だって!若松は、人気あるから。私よりも可愛い子なんて、選びほうだいでしょ」


何を言ってるの。まるで、私が若松を好きみたいな言い方じゃない。…好き、なのかな。自覚し始めた途端、若松の、私を抱きしめる力が強くなる。私の胸も、締め付けられる。好き、か。


「んなの、お前以外に可愛い奴なんかいるわけねぇだろ!」


躊躇したけれど、そっと若松の背中に腕を回して自分も抱きしめる。ありがとう、と何度も何度も言えば、うっせー、と少し照れた声が返ってきた。


君を想うこの熱を
これが「愛」なんだ。

1218