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中学三年生の秋。
中二の夏頃から付き合っていた彼女が友達に戻りたい、と泣きながら僕に言ったある日のことだった。一瞬言葉が出てこなかった。喉の辺りで詰まったような感覚で、苦しくて、熱くなって、酷く頭が痛かった。


「ああ。構わないよ」


やっとの思いで出た言葉は、僕が考えていたこととは反対の言葉で。何を、言っているんだ。そう何度も何度も言うけれど、やっぱり思っていることとは違う言葉が次々と口から出て行ってしまう。待ってくれ、とその言葉を掴んで戻そうにも僕の手は空を切ってしまって、彼女の耳に消えて行ってしまった。


だって、別れたくないなんて言えないだろう?彼女の・・・、名前のあんな辛そうな顔を見てしまったら。


嘘つきの僕が出来ること



あれから数か月が経ち、僕は洛山高校へと進学をした。名前はというとテツヤと同じ誠凛へと行ってしまった。それも当たり前なのかもしれないな。僕と付き合う前から名前はテツヤと仲が良かったのだから。ふう、と一つ息を吐いてパタリと読んでいた本を閉じた。この本も、詰まらなかった。本に集中していたせいか、今何も考えていない僕の耳には雨が地面を叩きつける音が酷く大きく聞こえて、酷いな、というのを改めて実感させられたのだ。カーテンの空いた窓から見える雨は、あの日の名前の涙を連想させてしまって、僕は考えたくなくて音を立ててカーテンを閉じた。それでも、名前のあの顔が忘れられない。僕が、あんな顔をさせたっていうのか?いつの間にか、傷つけてしまっていたというのか?いったいどこで・・・。大切にしてきたつもりだった。この上ないほどの愛を名前にあげてきたつもりだし、僕だって愛されていたはずだ。なのに、なぜだ?

雨のせいか、考えが全くまとまらない僕に携帯の着信音が聞こえた。その音が聞こえる一瞬だけは何も考えなくて良くて、とても心地が良かった。けれど、受信ボックスを開けば一番上にはさっきまで考えていた彼女の名前があった。ぐるぐると頭の中で疑問が駆け回る。開いてみれば、そっちの方雨が酷いんだってね、と絵文字もなにもないメールだった。ああ、そうだよ。と彼女に送ってすぐに今度は電話だ。相手は、予想していた通り名前で、出るかどうかに躊躇したけれど意を決して通話ボタンを押し、耳にあてた。


「なんだい?急に」

『ごめん。ちょっと悩んでて・・・』


酷く暗く聞こえる彼女の声を聞いただけで、どんなことか分かる僕はまだ彼女を愛しているんだ。内容は取ったように分かるけれど、それは言わずに何を悩んでいるんだ?と聞けば、口籠ったようにボソボソと言った。その可愛らしい声から紡がれた名前はテツヤの名前で、やはり僕の想像通りで。そうか、テツヤはやっと彼女に想いを伝えたのか。隣に僕のいない彼女へと、やっと伝えたのか。


「名前がテツヤを好きなら、そう伝えればいい」

『・・・』

「・・・好き、なんだろう?テツヤのことが」


ああ、僕は馬鹿なんだろうか。きっとテツヤは止めとけ、そう言えば名前は止めただろう。なのに、どうしてテツヤは良い奴だよ、なんて言ってしまったんだ。どうして、彼女の背中を押すようなことをしてしまったのだろうか。雨の音で頭がおかしくなったのか?ああ、きっとそうだろう。雨がうるさくて、言葉を間違えてしまったのだろう。頭が痛くて、体調が悪くて思ってもないことを言ったんだ。きっと、そうだ。


『・・・ありがとう、赤司。私、黒子に伝える、よ』


その声はもう、僕の名前を呼ばない。征十郎、と風が囁くように呼んでいた彼女の声は、僕を捉えない。次に話す時、会う時はきっと幸せそうにテツヤの名前を呼んでいるのだろう。それでも僕は、彼女の名前を呼ぼう。だって、この想いはまだ名前の方へ向いているのだから。それで、名前に悲しいことが起きれば僕がその肩をそっと抱いて慰めてあげよう。そうして君に愛をあげるなら、いいだろう?名前以上に愛せる相手なんて、きっと二度と現れないだろう。愛をあげる相手なんて、いるはずないんだ。
進もうとする名前と、過去の僕らに縛られたままの僕。

まだ・・・、まだ、待っていてもいいだろう?


「名前」

『どうし、』

「愛しているよ」


プツ、と僕から終了ボタンを押した。耳には名前の声も何も聞こえなくて、さっきと変わらず大きな雨の音が僕を支配していく。すぐあとに聞こえる電話を知らせる音には聞こえないフリをしよう。だって、今名前の声を聞いてしまえば泣いて、もう一度やり直したいと言ってしまうからね。


・・・愛しているよ。きっと、これからも。


0728
イオさんリクエストありがとうございました!20,000hitフリリクに続き、今回の30,000hitにもリクエストして頂き、非常に嬉しいです!ちょっと悲しめの赤司くんのお話が出来上がりました。でも、悔いはありません。私の中の赤司くんは、一度好きになった人は死ぬまで好きなんだろう、という想像です。そして、この中ではヒロインの気持ちが見えていませんが、両片思いです。彼女も彼女で赤司くんが忘れられない、という部分も入っています。
ぜひ、これからも当サイトをよろしくお願いします。

thanks!
天ノ弱/164様 feat.GUMI