短い話 | ナノ
「…おい苗字、誰かに用か?」

恐る恐ると訪れた立海男子テニス部。最初に気付いた真田君に声を掛けられたけど、目線を彷徨わせるとムッとした彼は「見学なら向こうでしろ」と言ってきた。
誰が見学なんかするもんか、なんて言えなくてボソボソと「幸村君に用があって…」と零したら彼は持前の大きな声で幸村君を呼んだ。そのせいで一気に皆から注目を浴びてしまって、私はやっぱりこのテニス部苦手だなぁなんてぼんやりと考えてしまって…。

「苗字さん、どうしたの?」

にっこりと女の子たちが素敵と言っていた笑顔を張り付けた幸村君に先生に頼まれたプリントを渡せば、彼はなおも笑って「ありがとう」と受け取ってくれた。よし、頼まれたことは終わった。もう帰ろう。
スクールバッグを肩に掛け直してテニス部を去ろうとすると、幸村君に手を掴まれ「どうせなら見学でもしていきなよ」なんて。いくら断っても引こうとしない幸村君にいい加減呆れていた。そんなところに同じクラスの柳君まで来て誘ってくるものだから、クラスメートとして断れなくなってしまった。

通常の見学する席とは異なる場所に座らされて、外で見学をしている女子たちには睨まれるし、テニス部員にはジロジロと見られるしで、目立つことが嫌いな私にとっては地獄のような時間だ。

「苗字さんはテニス見たことある?」
「いや、ない…です、」
「そっか。…そんな敬語とか使わないでよ。同い年なんだし」

眉尻を下げて笑った幸村君に「いや、でも…」と否定の言葉を入れたけど、人差し指をそっと唇に添えられて「だめ」と言うものだから口を噤んだ。周りの女の子たちは悲鳴を上げる始末だ。
テニスボールを打つ音が響く中で、依然として隣に座ったままの幸村君は「この間の返事なんだけど…」と切り出して来て心臓が止まりそうになった。

「今、聞いてもいいかな?」

数週間前、幸村君に告白をされた。けど、その時は断った。だって、全国的に有名な立海テニス部の部長を務める幸村君と付き合うことなんて考えられなかったし、第一何度も言うけれど目立つことが嫌いな私だ。だからお断りをさせてもらったのだけど、彼は「しばらく考えてみて」と私の返事に被せてきたのだ。

「いや、やっぱり…」
「俺、苗字さんのそう言うところが好きなんだ」

彼はまたこうして言葉を重ねてきた。そんなの、断られるつもりないんじゃん…。ぎゅっと膝の上で手を握りしめたら手を重ねられた。幸村君の大きい手。華奢な体をしていると思っていた幸村君の手はとても大きくて、私の手を簡単に包み込んだ。

「みんなが忘れている花壇、いつも俺が一人で世話をしていたんだ」
「……」
「けどね、俺が遅れてしまった時、苗字さん…君がいたんだよ」

じっと幸村君の綺麗な目に見られると吸い込まれそうになって息をそっと呑み込んだ。

「不思議だと思ったんだ。俺が草抜きをしていなくても花壇はいつも綺麗だった。その理由が、苗字さんだったんだよね。俺はね、そんな風に誰も見ていない所で頑張る苗字さんが好きなんだ。…もっと早く気がついていれば、苗字さんと仲良くなれていたのかな」

すぐ傍で打ち合いをしているはずなのに、遠い場所で打ち合うように遠くでテニスボールの音が響く。幸村君から目が離せなくなって、まるで二人だけの世界になって、彼に握られている手からじわじわと熱くなっていく。

「もう一度言うね。…俺、苗字さんが好きなんだ。傍にいてほしい」

だんだんと早くなっていく心音。幸村君に聞こえるんじゃないかって言うほど大きくて、握られているこの手を振りほどきたいのに、今振り解いてしまえば彼が悲しんでしまう…何よりも、私が後悔する。そんなことを考えて、そっと呟いた返事に、幸村君は嬉しそうに笑った。

手のひらから伝わる

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