短い話 | ナノ
みんなのドリンクを作り終えた時に部室で白石と健ちゃんらが話している声が聞こえて、悪気はなかったけどその内容をハッキリと聞いてしまった。
次期部長の話とか、高校の話とか。そんなんまだ先の話やん、なんて思ったけどよくよく考えてしまったら、私ら三年生はこの夏の全国大会が終われば引退してまうんや。引退したらすぐ受験に忙しゅうなって、そんで卒業して……日数的にはあと半年もない。
そんなこと今まで考えたこともなくて、楽しそうにコートで打ちあいをするみんなを見ても実感なんて湧くはずもない。ぐっと喉元まで上がって来た熱いものが苦しくなって、ふらふらとその場から離れて校舎裏まで覚束ない足で向かった。

卒業なんてしたない。みんなといつまでも笑ってたい。そんなんただのワガママやってわかっとるけど、高校までみんな一緒なんて限らんし、最高の仲間やって思っとったのに。辛いよ、苦しいよ。

「なにやっとるんすか」

締め付けられる胸に手を当ててうずくまっとったら背後から聞き覚えのある、少しだけ冷たい声が聞こえて。目頭が熱くなってしもうて、ぽろぽろと涙が零れていって地面に染みをつくっていって。何でやろう、何でみんな一緒やないんやろう。後に残されてしまう財前や金ちゃんのことまで考えてしまって、もっと苦しくなって。

「…え、名前さん泣いとるんすか」
「な、泣いとらん」
「俺、部長とか謙也さん呼んで来ましょうか」
「ええから…お願い、ここおって…っ」

私の傍まで来て白石たちを呼んで来ようと焦る財前のジャージの裾を引っ張って引き留めたら、財前はいつもと違うて冷たい態度なんか微塵も感じない優しい声で何かあったんですか、と私と同じようにしゃがみ込んで背中を撫でてくれた。
その手が優しくて、温かくて、余計に皆とおりたい思いがつよなって、涙が止まらんくって…。思わず泣きついて、尻もちをついた財前の胸に顔を埋めた。

「急に、卒業してまうって実感湧いて来て…っみんなとおりたいのに、みんなと笑ってたいのに…!」
「……」
「財前や金ちゃんらを置いてって卒業するなんてっ、つら、い…」
「…名前さんアホや」
「あ、あほ…!?」
「だってアホやん。そんなんまだまだやのに考えとって…それに、」

何かを話しだそうとする財前の顔を見ようとしたら財前の手が後頭部に回って、そのまま財前の胸に押し付けられた。ドクン、ドクン、と少しだけ早い心音が聞こえて来て。

「それに、卒業したら終わりみたいな言い方せんで…」
「ざいぜん…」
「会いに来てや…テニス部に。俺に会いに来て。…っ置いて行かんで」

ぎゅっと抱き締めてくれたその手が震えているのが分かって。私の辛い思いが財前までを辛くさせてしまって。行く場所がなかった自分の手を財前の背中に回せばより一層抱き締める力が強くなって。
さっきまで一人不安になって辛くなってたのが嘘みたいに心が軽くなった。寂しいなら会いに行ったらええ。会ったらええ。そんな風に考えたら辛くなくなった。
会いに来るから、財前に会いに行く。そう伝えたら今までの財前から考えられないほどか細い声で返事が聞こえて。


    

目元を少し赤くしたままの私たちが戻ると、みんな心配して一生懸命笑わせようと面白いことばかり言って。やっぱりこういうひと時が楽しくって。後ろに立つ財前が誰にも見えないようにきゅっと私の指先を握って。ああ可愛いなぁ、なんてちょっとずつ私の中から不安が消えて幸せに満たされていく。

1105 thx.唇蝕
ツイネタを元に。