短い話 | ナノ
「…何してるの?」
「…な、なにって…別に、」

誰もいなくなった教室の窓から外を覗いていると同じクラスメイトのテニスウェアを着た不二くんが現れて。彼はテニス部のレギュラーで、今頃は大変な練習メニューをこなしてるはずなのに…。
不二くんの足音が近づき、彼が私の隣に並ぶと関心したような声で、ここからだとテニス部がよく見えるね、と笑った。誰を見てたの?と続く言葉に答えられるはずもなく、机に置いていた鞄を手にして早々と教室から逃げ出した。

翌日。何事もなかったように教室へと入ると、隣のクラスの美女だと言われる子と不二くんが二人で話していた。
心の中はパニックで、何で、どうして、と繰り返して。けど、平然を装いながら席に座ると、隣の席の菊丸くんがおはようと笑顔で声をかけてくれて、私も返事をした。

「ねぇねぇ、今日席替えって知ってた?」
「知らない…」
「突然決まったらしいよー」

突然って…。周りの子たちはみんな知ってるみたいで、きゃっきゃと盛り上がっていて。きっと、不二くんや菊丸くんの隣になりたい、とか会話してるのだろうなぁ。
私だって、不二くんの隣になりたいけど、絶対まともに話なんて出来ない。何だか盛り上がってるね、と頭上から降ってくる声に驚いて顔を上げると、隣のクラスの子と話し終えた不二くんが立っていた。目が合ってしまって、あからさまに逸らしたけど、不二くん…怒ってないかな…。恐る恐る見ると、いつも通りの不二くんは菊丸くんと仲良さそうに話していて、少しホッとした。

朝のロングホームルームが始まると、先生が楽しそうに取り出したくじを皆が引いていく。私の番号だと、窓際の一番後ろで、ベストポジションだ。良かった、と喜びその席に着いたとき、私の隣にも人が座った。

「あ、隣って苗字さんなんだね」

予想外の不二くんで、慌てて席を立ち上がると、楽しそうにクスクスと笑って早く座りなよ、と私の椅子を指差した。
嫌なわけじゃない。むしろ光栄なことで、嬉しいのに、心はバクバクと心臓が口から出そうなほど気分が悪い。はあ、と大きく深呼吸をして。すれば、不二くんはスッと手を挙げた。苗字さん気分が悪そうなので保健室に連れて行きます。芯のあるその声に思考回路が停止中の私がどうこう言えるはずもなく。緊張とかよりも本当に気分が悪いのかもしれない。不二くんに支えられながら、そんなことを考えて廊下を歩いた。

「…ごめんね、不二くん」
「具合が悪い時は無理しない方がいいよ」
「う、うん」

保健室では先生がいないから、ということでずっと傍に付き添ってくれた不二くんに感謝を一生懸命言う。その後の授業は受けることが出来て、あの時に保健室で休んだお陰だ、とまた不二くんに感謝をした。
放課後になってしまえば、不二くんは今日は早く帰ること、と私に釘を差すように言って鞄を手に取り消えた。
下駄箱で靴に履き替えていると、菊丸くんが楽しそうに笑って近づいてきた。どうやら話の内容は不二くんのことで、今朝に話していた子から告白をされるらしい。チクチクと胸が痛んだ気がしたけど、笑ってお似合いだよね、と自分を誤魔化して。

「でもさー不二って確か苗字の事好きなのに、何て返事するのかにゃ?」
「……えっ」
「こら、英二!それは内緒だって不二に…!」
「あっ!いけね…今のは聞かなかったことに…あれ?」

菊丸くんのあの言葉を聞いて、全てが繋がった私はいつの間にか駆け出していた。どこで告白を受けてる、とかは知らないけど走り回る。
今日は早く帰ることって言うのは、普段から遅くまで残ってテニス部を見ていたのを知っていたんだ。私が具合悪いのにも気付いたのも、隣の席の時に笑ったのも、思い違いじゃなければ…。

愛まであと何センチメートル?
(恋から愛に変わるまで)

0923