短い話 | ナノ
日誌も書き終わって、帰ろうとしていたらテニスコートの方が何だかすごく盛り上がっていた。確かこのコートは男子テニス部の方だったかな?テニス部員や女子で溢れかえるコート外。誰がやってるのか気になっても見えないほどの人集りで、ぴょんぴょんと飛び跳ねて少しでも見えないかと試行錯誤をして。

「…何やってるの」
「あっ越前くん。なんかテニス部盛り上がってるね」
「校内戦ランキングだからね」

人集りとは外れた場所で缶ジュースを飲んでいるのは、越前リョーマくん。背は小さいけどかっこいい、大人っぽい、と有名な彼は座れば、と言って自分の隣をポンポンと叩いた。何度か瞬きをして、けど越前くんと少しお話したいからと思って頷いて彼の隣に腰を下ろす。その時に何気に越前くんが下に敷いていたジャージを私のぶんまで広げてくれて。ああ、申し訳ない。

「手塚部長と乾先輩がしてるんだよ」
「え、す、すごい人なの?」
「…知らないで来たの?」

きょとり顔の越前くんに、恐る恐る頷く。きっと私もきょとり顔になってるかもしれないなぁ、とか頭の隅で考えながら。
越前くんは途端に吹き出して、知らないって言う人なんて初めて聞いたよ、とくすくすと笑った。前からずっと思ってたんだけど、越前くんってキレイに笑うなぁ、なんて見惚れてしまう。それを朋ちゃんに言ったらリョーマ様の笑顔見たことない!ずるい!とすごく攻められた。

「リョーマ様…ふふっ」
「なに笑ってるのさ」

突然むっとしたように、普段の顔に戻った越前くんは私の頬を抓ってきて。別に悪い意味じゃなくって、慌てて否定の言葉を入れようと、た行がは行に変わりながらも、私もリョーマ様って呼ぼうかなって思っただけなの、と言う。ぱっと手が離れて、別に様って呼ばなくてもいいんじゃない、と。

「…リョーマくん?」
「なに?」
「ふふっ、呼んだだけっ」

今まで呼んでた呼び方と違うから、距離が縮まった気分ですごく嬉しい。嬉しくてずっと笑ってたら、隣に座ってるリョーマくんは溜息をついて私の頭を小突いた。スッと立ち上がったリョーマくんは、私の下にあるジャージを指差して、持ってて、と有無を言わず去ろうとして。
どこに行くの、と心配で声を掛けると試合だよ、と。そんなの私も見に行く。見たい。リョーマくんのジャージと自分のバッグを手に持って、さっさと進むリョーマくんの後を追いかけた。
…でも、よく考えてみたら、リョーマくんを待つってことは、終わるまで待つってことだよね。それをリョーマくんに伝えると、そうだけど?なんて平然と言って。ああ、リョーマくんには有無は言えないなぁ。早く帰りたいんだけどなぁ、と呟いてみたら聞こえたのか足を止めてキッと睨むように私を見てきて、少し怯む。するとクスリと笑って、すぐ終わらせてあげるよ、と言ってまた歩き始めた。終わらせるって、リョーマくんは一年生で、対戦相手は二年生なのに…。不思議に思いながらもリョーマくんの後をついていって。

そうして始まった試合は瞬きなんて出来ない、という表現が合うほどの早い試合だった。リョーマくんは楽そうにしてコートから出てきて私が持っていたジャージを手に取り、待ってて、と一言言って消えた。
しばらくして、制服姿のリョーマくんが現れる。

「あ、あんなに強かったんだね…」
「さぁ?自分じゃよく分からないけど」
「それに、リョーマくん凄く楽しそうにテニスするの好きだよ」
「……好きとか軽々しく言わない方がいいよ」

リョーマくんの言葉の意味がよくわからなくて、足が止まる。少しずつ離れていく距離に気付いたリョーマくんは振り返って、何してるの、置いていくよ、と私を待ってくれた。
その時の微笑んだ顔に胸の奥が熱くなったけど、私にはそれの理由がわからなくて。まぁ、いずれ分かるかな。

名前をつけるとしたら

0923