短い話 | ナノ
ボールの跳ねる音とバッシュのスキール音が心地よく感じて、コクリコクリと船を漕いで眠っていれば額に小さな衝撃が走った。お蔭で目は覚めたけど、痛い。目に涙が滲んできて目の前には虹村先輩が怒った顔で立っていて。すみません、と少なくなっていたドリンクの追加をしようとベンチから立ち上がって体育館を飛び出した。
外は体育館の中よりも涼しくて、部活中の自分の失態を反省することが出来て。滲んできてた涙をそっと拭って。

「お、…い、泣いてんのか」
「泣いてないです」
「さっきの痛かったか?」

私を追いかけて来てくれた虹村先輩が、目を覆う私の手を掴んで顔を覗き込んできて。みんなに見られます。そう言って先輩の胸を押し返すと、少しムッとした顔をしてきた。けど、見られたらダメだから。先輩と付き合ってることはバレたらいけない。秘密にしないといけないから。
自分で自分を負の感情にさせてしまって、ただ滲んだ涙を拭くだけだったはずが次から次へポロポロと涙が溢れてくる。見兼ねた先輩が小さく溜息を吐いて、私の腕を引いて人影もなく体育館や木で影になる場所へと連れてきた。

「アホ、考え過ぎなんだよ」
「だって、先輩は主将で…っみんなの見本に、」

最後まで言い終わる前にまた額にデコピンをされた。容赦のないそれに涙が止まって、睨むように先輩を見上げると、今までに見たことないような怒った顔をしていて。何か、言っちゃいけないことを言っただろうかと考えても、思い当たらない。思い当たったとしても、そんな地雷を踏むようなことかすら分からない。

「俺だって主将の前に一人の人間だ」
「わ、わかってます」
「人を好きになるし、現にお前と付き合ってる」

説教じみたその言葉をただ聞くことしか出来なくなって、眉間に皺を寄せる先輩を見上げて。掴まれたままの腕が痛くて、少し顔を歪めても先輩は気付かない。特別扱い、したらダメだったんだ。一つ、また一つと先輩のことを知っていく。怒られてるのに、嬉しい、なんて。
頬の筋肉が緩んで行って、口角が上がって。それに気付いた先輩は私の頬を抓って、何笑ってんだって怒った。それでもさっきよりは優しくなった虹村先輩のその表情にまた嬉しくなって、少し汗臭い先輩のウェアに顔をうずめた。

「お、おいっ」
「もう少しだけ、待ってください」
「?」
「先輩が、引退するまで。そうしたらみんなにバラしましょう」

私だって言いたくないわけじゃない。大きな声を出して先輩と付き合ってることを言って回りたいけど、今は部活に集中してほしいから。
ぐしゃぐしゃに頭を撫でられて、戻るぞ、とまた腕を引かれて体育館まで歩いた。途中で体育館から出てきたみんなにバレないように先輩の手を振り払っちゃって…。ああ、今日の夜も電話で説教されるんだろうなぁって、憂鬱だけど、先輩とお話出来るからまあ、良しとしよう。

青空に浮かぶ月みたいだね
見えないお月さまのように内緒の恋愛

0907
「黄昏」さまに提出