短い話 | ナノ
英語で会話をするこの国で、ただいま、と日本語の声が家の中へと響く。そんな言葉を使う此処の住人は俺の妹しかいなくて、俺は触っていた新しいパソコンから顔を上げずにお帰りと日本語で返した。

この家には俺と妹の名前の二人暮らしだ。本当は個々で一人暮らしを始めようとしたのだが、何せアメリカだ。俺は大丈夫だろうと思うが、両親は妹を女一人暮らしにするのは心配だったようで、俺と暮らしなさいという命令に近い事を言った。特別仲が悪いというわけではないし、どちらかと言えば仲が良い方だろう。だから、俺達は文句を言う事なく今この家に二人で住んでいる。

名前は帰ってくるなり俺の横を通り過ぎて、冷蔵庫の中から水を取り出して飲んでいた。ちゃんとコップから飲みなよ、とまたもパソコンのディスプレイから顔を上げずに言えば、コップで飲んでるよ、と不貞腐れたような名前の声。

「またパソコンしてるの?」
「ああ」
「もう、いつからインテリになったの」
「んーそういうわけじゃないよ。調べ物してるんだ」

そうだ。別にパソコンを触りたいからというわけじゃなくて、俺は調べ物をしているんだ。携帯で調べると高くなるから、と言って両親から買ってもらったパソコン。それは機械が少し苦手な俺でもマウスを移動させて気になる言葉を打って、そしてクリックする。そういう簡単な動作を覚えることが出来たものだ。楽しい、というのも一理あるけど。

「そう言えば、最近タイガ見ないね」
「…そうだね」
「……お兄ちゃん、タイガと喧嘩したでしょ」
「…してないよ」

名前のストレートな言葉に喉を詰まらしてしまった。別に喧嘩をしたわけじゃない。ただ、タイガが羨ましかったんだ。俺には無い物を持っているタイガが。だから、ちょっと兄貴らしくない発言をしてしまったけれど、タイガもタイガだ。俺はいつでも真剣に向き合ってるというのに、アイツは手を抜いた。…それが無償に腹が立ったんだ。

「知ってる?タイガってば日本に行ったんだって」

俺の横に座った名前は少し遠くを見て言った。知ってるよ。タイガは逃げるように日本へと旅立った。
俺の首にまだぶら下がったままのタイガとのお揃いの、兄弟と言う証のネックレスにそっと触れて。そうしてまた俺はパソコンと向かい合って調べ物を再開した。そんな俺を見てピンと来たように、タイガの学校調べてるんだ?、と俺のディスプレイを覗き込んで。

「…よ、せん?」
「陽泉高校。強い高校なんだ」
「へえ!タイガそこにいるんだね」

また一緒に戦うんだね、と嬉しそうに話す名前に違う、なんて言葉を言えるはずもなくて俺はパソコンを閉じて、勘の鋭い名前にバレないように笑って頷いた。
きっと名前が知ったら悲しむ。だから言えない。俺がタイガと違う高校に行って、タイガと戦うことを。

「じゃあ私も陽泉に行こうかな」
「…うん、おいで」

二人の戦い見たいし。昔と変わらず無邪気な笑顔を見せる名前に、嘘だなんてことは向こうに着いてからでもいいか。なんて、きっと酷く怒られるだろうことを脳裏に浮かべながら、俺は嘘を隠すように笑った。



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