短い話 | ナノ
部屋にあるベースをなんとなく触っていれば、ポツリと幼なじみが呟いた。よく聞き取れなかった、ともう一度聞き返せば、アイツはただ笑った。なんだコイツ。またベースに触れて弦を引くと、鈍く低い、けれど心地の良い音が響く。やっぱりこのベースは一番良い音を出す。一人しみじみと関心していれば、いつもの呼び方で俺を呼ぶ声がベースに重なって聞こえた。何も言わずに振り返れば、ニコニコと笑ってコッチを見ていた。

「何かジョーク言ってよ」
「あ?俺が言うと思うか?」

俺の返答に首を振るコイツは、蘭ちゃんのジョーク聞いてみたい、と。お前は人の話も聞いてないくせに、何を言ってるんだ。呆れて物もいえずにいれば、クスクスと口元に手をやり笑う幼なじみにドキリと胸打った。
小さい時から、どうもコイツのこういう笑い方に反応してしまう。態度に出てないだろうか、と不安になり、ベースへと体を戻した。

「蘭ちゃん」

もう一度優しい声が俺を呼び、そっと肩に頭を預けてくる。ふわりと柔らかい髪がくすぐったくて、甘い匂いに照れくさくて、何だよ、と反対へと体を傾けると、アイツは困った顔で笑った。そんな顔を見てしまえば、少し胸の奥が苦しくなってしまって、取り返しのつかないことをした、と酷く後悔する。

「ごめんね、これから用事があって…」
「…ああ」
「……蘭ちゃん、これ、読んでね」

アイツはそう言って手紙を置いて出て行った。ちらりと扉を見ても帰ってくる気配はない。そっと手紙を手にとって開けてみれば、よくわからない言葉がつらつらと並べてある。なんだこれ、と一人呟き、見ていても意味が分からず、俺は手紙を放置した。また家に来たときにでも聞こう。
そして、アイツが出て行ってしばらくすると、俺の携帯が鳴る。出てみれば、聖川からで、焦った様子で言葉を並べた。

『黒崎さん!大変です…!』

聖川の言った言葉が信じられないもので、嫌な汗が伝う。
アイツが、政略結婚…?
そこで、ハッとしたのが手紙だ。一見よくわからないのだが、考えてみれば、書いてある気もする。そして、その一番下には…。

「くそっ…!」

コートをひっつかんで、急いで駆け出した。婚約式に間に合えば、そのまま一緒に逃げ出せば…。

言葉遊びの中に隠した本音
(蘭ちゃんが好きです)

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