短い話 | ナノ
桜の花は、まだ咲かない。咲き誇る前に、先輩たちはこの場所を去ってしまう。私の悲しみを誘うように、空は澄んでいて。
今日のこの日が来なければ、なんて何度思ったんだろう。それでも、終わってしまった卒業式に、時間なんてあっと言う間なんだと思わされる。
式の最中に眠いね、と隣で話し合う女の子たちの会話を聞いていたけど、私は一秒たりとも眠いなんて思わなかった。先輩の名前が呼ばれて、先輩の返事を聞き逃さないように。その先輩の返事は、とても強くて芯が通っている声で。

「行かなくていいの?」
「…だって、忙しそうだし」
「あー、まあ、そうだな」

隣りに立つ高尾と緑間は平然としていて。だけど、二人がどこか寂しそうなのはその背中を見たらよく分かる事だった。
遠くでたくさんの女の子に囲まれる宮地先輩を眺めながら、さようなら、と小さく呟いた。憧れの先輩、大好きな先輩。今日でさよならになります、私の片想いと。
待ってても、部長たち忙しそうだから帰ろうか。と、二人を見てみれば一点から目を離さない。私が呼び掛けても、聞こえてない様子だし。

「おい」
「えっ、あ、は、はい!」

聞き覚えのある大好きな声で、驚きすぎて何度も言葉を詰まらせて返事をした。私の前に立っていた宮地先輩のボタンは全部なくなっていて。漫画のような出来事に、高尾と一緒に吹きだしてしまった。
そんな私たち二人に怒ってしまう先輩も、それでも笑う私たちも、呆れる緑間も。全部、いつも通りで。どこか心の奥で安心した。

「お前、最後までそんなんかよ」
「…え?どういう事ですか?」
「あ?あー…分かんねぇならいいわ」

私から目を逸らした先輩は高尾と緑間に何か言っていて、嫌ですとか轢くぞとか、攻防が続いているらしい。最終的に緑間が折れて、先輩は同級生の女の人達に呼ばれて直ぐに作り笑顔をして去っていった。
やっぱり先輩は人気者で、高校三年間部活以外ではとても優しくして自分を作っている先輩しか知らないあの人たちは、写真を一緒に撮ってくれとお願いをしていた。もちろん先輩は嫌な顔一つせずに、笑顔で一人一人と撮っていく。
いいなぁ、とか思ったりもして。だけど、私が頼んでも、例の口癖の轢くぞしか言わないだろうな、とか思っちゃって言えない。

「苗字、これ」
「…ボタン?緑間まだ卒業しないのにくれるの?」
「っぶふ!ちが、っくく、違うよ。宮地さんから!」

笑いを堪えるように高尾は肩を震わせて言った。笑うな、と怒る緑間は私に向き直って、宮地先輩がお前に渡せと言っていたのだよ、と言い私の手に握らせる。
どこのボタンだろう…。もしかして、第二ボタンだったりしないかな。淡い期待がぐるぐると渦巻いて。
帰るか、と言い出した高尾に頷いて、傍に置いていた鞄を持って二人の後をついて行こうとすると、携帯が震えた。新着一件を知らせしていて、開くと宮地先輩からで、待ってろ、という淡泊な文章だ。ちらりと見てみると、まだ写真を撮っていて。
合間にメールを送ってくれた事が嬉しくて。目が離せないでいると、高尾が笑顔で先帰ってるな、と言った。

未来へと続く道
(春の香りがする)(別れの日)(出会いの日)

0315