短い話 | ナノ
神奈川から東京の大学に行く為に出て来た時から一ヶ月が経とうとしていた。
物心のついた頃から好きだった幼なじみを忘れる為に何も言わずに離れたというのも理由に入る。いつだって花のように笑って、男から手紙を貰うような感じの幼なじみは、いつでも俺の隣りで笑ってくれていた。
一度だけ彼氏が出来た事があったけど、二週間で別れたらしい。その時は落ち込んでいたけれど、次の日には笑顔になっていた。いつでも周りに悟られないように笑顔でいて、その笑顔が今でも忘れられない。
女子とすれ違う度に振り返って名前を探してしまって、忘れられてない事が直ぐに分かる。

「よお、笠松」
「…おう」
「なんだ?また苗字さんの事か?」

からかう様に笑う森山にうるせぇよ、と元気のない声で返事をすると酷く驚いた顔をした。いつもなら真っ赤な顔をするくせにと、森山は心配してくる。そんなに真っ赤な顔をしてるつもりはないから、改めて聞かされると恥ずかしくなった。
他愛もない話をしながら昼でも食べようという話になって学食に向かう。俺たちが物を注文して席を座った頃に小堀が現れて、いつも以上に人の良い笑みを見せる。

「さっさと座れよ」
「いや、笠松に会いたいって人がいるんだよ」

小堀の言葉を合図に、その背中に隠れていたのか、そっと俺の前に出てくるその人物は俺のよく知っている、大好きな名前で。ガタリ、と立ち上がって何でいるんだよ、と大声を出してしまった。昼時の今は人がたくさんいて注目を浴びる。
話しがあるの、と真剣な顔で言う名前に仕方なく席を立ちあがる。そのまま人の少ない庭へと出て行った。どうして名前がこの道を知ってるとか、今はどうでもよくて、会いたいと思っていた相手に会えたことで胸がいっぱいだった。

「…どうして勝手にいなくなったの」
「……」
「幸男に会いたかった、」
「…は?」

泣きだしてしまいそうな目をする名前に、慌てて謝ったけれど手遅れで、その大きな目から大粒の涙が零れ落ちる。罪悪感でいっぱいになってしまい、おろおろとする俺を見た名前は少しだけ吹きだしたように笑った。変わってないね、と。

「幸男、大学一緒だったんだね」
「あ、ああ。森山と小堀と…」
「違うよ。私と一緒って事」

くすくすと笑って俺の探していた笑い声で、笑顔で。今、目の前に名前がいる。少しだけ苦しくなった胸に気づかないふりをする。ああ、もう何やってんだ。一言、久しぶりとか、偶然だな、とか言えばいいのに。つくづく馬鹿な思考を繰り広げる自分に笑いがでる。

「幸男?」
「…たかった」

はっ、と気づいて慌てて口を結ぶ。な、なななんでもねぇよ!と慌てて否定する。その様子にクスクスと口元を隠して笑う名前が本当に可愛くて。あほ、ばか、間抜け。こんなんじゃ、一生忘れられねぇよ。

「やっぱり、幸男の傍が落ち着くよ」

一生、忘れられるわけがねぇよ…。
気がつけば力一杯抱きしめていて、神奈川を出る時に決めたものは、全て崩れ落ちてしまった。

どこまでも、いつまでも

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佐香智久/会いたくて