短い話 | ナノ
「しんのすけ」
「真太郎です」

顔を此方に向けずに彼、緑間真太郎は返事をした。私が呼んでるんだからこっち見なさいよ、と怒って言えば溜め息を吐いて何ですかと眼鏡のブリッジを綺麗な中指で押し上げた。彼の溜め息がなにを示すのかを考えて、余計に頭にきた私はノートを思いっ切り投げつけた。案の定、いとも簡単にそれを受け止めてしまう彼に、次から次へと本、ノート、シャープペンシルを投げる。けれど、当たったのは一回だけで、後は避けるか取るかで、それが余計に腹が立った。

「あほバカハゲ」
「禿げてません。一体何なんですか」
「うるさいハゲ」

何が悲しくて出てくる言葉なのか考えてみろ、秀才くん。心の中で悪態を吐いても相手に伝わるわけがないのは分かっているけど、原因を言うのが腹立たしい。むかつく、むかつくむかつくむかつく。高尾に、どうしてあんな事言ったの。なんで、俺には関係ない、なんて悲しい事を言うの。…こんな事なら、高尾に聞いてみてなんて言うんじゃなかった。

「…はぁ」
「…」
「そんな顔するくらいなら、口で言ったらどうですか」

そうやって、面倒臭そうに溜め息吐くのも、眉間に寄せる皺も、全部腹が立つのに、…全部好きなんだ。私ってば、末期なのかもしれない。もういい、と彼のいる場所とは違う方へ顔を向けた。そのうち聞こえてくシャーペンを走らせる音に寂しくなるんだろう。なんて想像をして。

「…本当は嫌だったんです」
「……え?」
「けど、俺が勝手に口出ししていいことか分からなかったから」
「…ばか」

緩む頬に、上がっていく口角。彼がそう言ってくれただけで嬉しくなる。口出し、してもいいんだよ。そう言えば、黙り込んでしまった。暫くして、かちゃりと眼鏡のブリッジを押し上げて、はい、と返事をした彼の耳は真っ赤に染まっていた。

くるりくるり、回り出した物語

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