短い話 | ナノ
一人一人のデータを取るためにボールを目で追いかけて、誰がどうパスしてシュートしたなどを書く。動きが速いため、急いで記入して顔を上げれば氷室先輩と目が合った。パチパチと何度か瞬きすれば、クスリと口角を秘かにあげて笑い練習に集中し始める。どうしたんだろう、なんて思ったけどボールがゴールに入った音でハッとして急いでメモを取った。そうしてまた顔を上げれば、目が合う。だけど、荒木先生が私を呼んだ。返事をして振り向けば立っている先生にクリップポードを見せた。先生が見ている間、氷室先輩が気になってちらりと視線を向ければ、一生懸命走り回っていた。…あ、ゴール入った。


「あちー、おい苗字。ドリンク寄こせ」
「分かってますから急かさないでください!」

たくさんの部員にドリンクを渡して、レギュラーメンバーの主将や福井先輩、瀏先輩にも渡していく。涼しそうな顔をしている紫原くんにも渡して、最後に一番端にいる氷室先輩にも渡すと少しだけ手が触れた。ごめん、と焦って謝る先輩に首を傾げて大丈夫ですよ、と笑って自分の仕事に戻る。

ふう、と一息吐いて部室の前にしゃがみ込む。まだ皆着替え終わってないのかな、と天井を仰いでいると扉が開いて、ぞろぞろと皆が出て行く。最後に出て来た紫原くんに皆出た?と聞けば、まだ室ちんが残ってるよ、と能天気な声で言う。あれ…いつもは早いのになぁ、と思いつつ扉の前で待つことにした。
けど、10分経っても出てこなくて、痺れを切らして扉をノックした。

「あの……まだ、時間掛かりますか?」
「んー…ううん、そうでもないかな」

ニコリとキレイに笑った先輩に、首を傾げて自分も笑ってみせる。入って扉閉めてくれる?と言われて、そろりと足を踏み入れて閉めた。すると、氷室先輩が近づいて来て、手が伸びて来たかと思えば私の髪の毛を少し掬ってキスをした。へ、と間抜けな声が出た私にクスリと笑って、真っ直ぐと目を見られて逸らせなくなる。氷室先輩の優しい微笑みに、どきどきと胸が高鳴る。息が、詰まる。

「いつも笑って、真面目に仕事をする名前ちゃんが好きなんだ」
「ぅ、え、…あ、あの…っ!」
「一目惚れ、かな。初めて見た時から好きだよ」

どきどきから、ばくばくに変わる心音に顔が熱くなって、体までも。ぎゅう、と抱き寄せられて、氷室先輩が耳元でアイラブユーと囁いた。その発音までもがキレイで、さすが帰国子女だなぁ、なんて他人事。名前ちゃんは?と耳元から離れて私の顔を覗き込んだ氷室先輩は、顔真っ赤だよと呟くと私の頬に触れる。それで答えは?と言われて、ぱくぱくと口を動かしたあとに、きゅっと結んで目もぎゅううと瞑って、コクリと頷いて、好きですと絞り出す声で言った。


甘ったるい言葉を耳元に贈ろう

1004
「黄昏」さまに提出