短い話 | ナノ
心臓が止まった。試合が始まったのに、突然鉄平が足を押さえて倒れたのだ。花宮がやったことだろう、なんてのは想像出来たけど、怒りがおさまらなかった。沸々と沸き上がる。日向たちが頑張って勝ってくれたけど、私はそんなものじゃ気が済まなくて、花宮を待ち伏せして思いっ切りひっぱたいてやった。
それからは、涙腺が切れて涙がボロボロと出てきて初めて人を殴った掌がじんじんと痛む。その手を押さえて、鉄平がいる病院まで走った。病院内でも走っていると、廊下を走ったらいけない、と看護婦さんに注意を受けたので早歩きで鉄平のいる病室まで急いだ。その時に、日向とすれ違って、後は頼んだぞ、と肩をぽんと叩かれる。私の涙に気付いてるだろうに、何も言わない彼にほっとした。
病室まで来て、入ろうかと思ったけど足が重くて動かない。扉に手を掛けて開けずにいると、鉄平が私を呼んだ。いるんだろ?と。

「…そっちまで行けないから、来てくれないか?」

その言葉に、目の前が歪んで。だけど、泣いたらダメと思って涙を堪えて足を一歩ずつ進める。そうして鉄平の前まで行けば、何もないような顔でへらっと笑う鉄平がいた。その顔のまま、ごめんな、と謝られる。その理由が分からない。知りたいけど、口を開いてしまえば泣きそうで。

「日本一に、なれなかった」
「…」
「…日向たちと日本一になりたかったんだけどなぁ」

鉄平の一つ一つの言葉が苦しくて、ズキズキと胸が、手が痛む。そっと伸びてきた手にぎゅっと目を固く瞑る。左手は後頭部に。右手は腰に回されて、鉄平に抱き寄せられた。一定の心音が聞こえて気持ちが安らぐ。すり、と鉄平は私の耳に口を寄せてきて、ごめんなとまた謝る。

「弱い俺で。だけど、」
「…」
「だけど、次は頑張るから。日本一になるから、だから」

ぎゅう、と一段と力が強くなって、とうとう涙で息が詰まり始めた。目頭が熱くなる。

「これからも、傍にいてくれないか?」

嗚呼、もうだめだ。涙が止まらない。鼻を啜る音や嗚咽が漏れて、それを聞いた鉄平が私の顔を覗き込んだ。もう、見られたくなかったのになぁ。涙を止めるすべなんてなくて、さっきも泣いたのに溢れ出る。

「嫌か?」
「ち、が…っ」
「じゃあ、傍にいてくれるか?」

もう一度言われた鉄平の言葉に、首を縦に何度も振った。傍にいたい。鉄平が日本一になるところを見たい。

「鉄平も、私の傍にいてくれる…っ?」

涙ではっきりと見えないけど、真っ直ぐ彼を見た。そっと頬に触れると、にこりと微笑んで頷いてくれた。それから、そっと唇が触れて離れる。それを何度も繰り返した。


約束に約束を重ねて

突然こっちの手熱くないか?と言われて右手を掴まれた。見てみれば赤く腫れていて。眉間に皺を寄せながら、殴ったのかと聞かれて、うんと頷く。ごめんなさいと、謝ろうとすればちゅっと掌にキスをされて、ありがとう、とごめんな、という言葉をくれた。

0924