短い話 | ナノ
暑い日差しの中でベンチの上に木陰が出来る場所で私はいつものように本を読んでいた。本なんて涼しい場所で読めばいいじゃない、と友達は言う。それもそうなんだけど、こんな天気の良い日には外で本を読みたいんだよね。友達にそう返せば、変わってるね、と笑われた。そうか、私は変わってるのかな。
ぱら、とページをめくる音と共に隣りに誰かが座った。不思議ね、座る場所で木陰になってる場所なんて他にもあるのに。けれど特に気にも留めずにまたページをめくる。気になる展開になっていたころ、隣りの人が声を掛けてきた。暑いですね、と落ち着いた声で。そうですね、と私も返し顔を上げて見てみれば相手はあの冠葉くんじゃない。驚いて名前を呼んでしまえば、彼も驚いた表情を見せて知ってるんですか、と言った。

「友達がね、あなたと付き合ってたの」
「…ああ、そうでしたね」
「それより。あなた、高校生でしょう?学校はどうしたの?」

とうとう本を閉じて彼の目を見て言えば、今度は綺麗に口角を上げて休んだんですよなんて言った。あなたは大学行かないんですか、と聞かれて今日はないの、と言う。どうして私が彼に情報を与えているの。ふふ、と緩む口許を抑えて、それじゃあこれで、と去ろうと立ち上がれば手を掴まれた。少し付き合ってもらえませんか、と言った彼の表情がやけに真剣だったからつい頷いてしまった。



「わあっ、名前さん上手なんですね!」
「練習したら陽毬ちゃんも出来るようになるよ」

現在、冠葉くんの家にいる私は彼の妹の陽毬ちゃんと一緒に料理をしていた。どうしてこんな状況になったのかというと、以前に冠葉くんと陽毬ちゃんと、今はいないけれど冠葉くんの双子の弟の晶馬くんと買い物していた時に私を見掛けて、陽毬ちゃんがあんな人が友達だったら素敵だなぁ、と呟いたことから始まったらしい。それを聞かされた時は照れた。けど、悪い気もしないし私は陽毬ちゃんとお友達になった。

「お、いい匂いだな」
「でしょ。名前さん本当に上手なんだよー」
「あ、ちょっと冠葉くんまだ出来てないのに駄目よ」
「味見ですよ、味見」

目を細めて笑う彼に、もう、と言い時計を確認した。すると、もう午後を回っていて急いで帰ろうとしていたら冠葉くんが最初に気付いて止めてきた。食べて行って下さい、と言う彼にでも邪魔でしょう、と言ったけど必死な彼がおかしくて分かった、と頷いた。料理が完成し、お皿に盛りつけようとした所で玄関から声が聞こえた。晶ちゃんですよ、と陽毬ちゃんは笑いその晶馬くんにおかえりと言った二人と同じように私も言えば、ただいまと返した後に驚いた声を出した。

「え!?名前さん…!?」
「…あら、どうして私の名前知ってるの?」
「い、いや、だって兄貴が…」
「おい晶馬、ちょっとこっち来い」

急に鬼の形相になった冠葉くんに連れて行かれた晶馬くんを見送った後に陽毬ちゃんはくすくすと笑った。どうしたの、と聞けば冠ちゃん可愛いなって思ったんです、と言った。どうして今ので可愛いになるのかしら。首を傾げていると、陽毬ちゃんはにこりと微笑んだ。

「冠ちゃんね、不器用だけどとっても優しいんですよ」
「そう。素敵なお兄さんね」
「はいっ。だから、名前さん!冠ちゃんをよろしくお願いします!」
「え?あ、うん?」

私が訳も分からず頷けば、パアッと顔を明るくして戻って来た冠葉くんに名前さんと仲よくね、と言っていた。やっぱりよく分からない。けれど、冠葉くんには分かったみたいで優しそうな表情で笑い私の手を取り手の甲にキスをしてきた。

輝くあなたと恋路

咄嗟に手を引いて、驚きすら隠せなかった。その私の動揺が分かったのか冠葉くんはクス、と笑いテレビを見に行ってしまった。バクバクと鳴る心臓に気付かないフリをして料理をお皿に盛り、そこにいる冠葉くんと晶馬くんにお皿を渡した。その時、冠葉くんと手がぶつかってしまって、手を引っ込めようとしたけれどぎゅう、と握られてしまって手を離すことも冠葉くんから目を逸らすことすら出来なくなる。私は、これを何て呼ぶのかなんて知っている。…けれど、悔しいじゃない。高校生にドキドキするなんて。

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