短い話 | ナノ
俺は、那月の影だ。

ある日、眼鏡が取れた那月くんの人格が変わったと思えば、砂月というもう一人の那月くんが現れた。那月くんのおっとりとした性格と正反対の彼、砂月くんは暴力的だった。周りを睨みつけるように見回す彼。だけど、彼が自分は那月くんの影だと言った時の表情は、酷く寂しそうに見えて何を考えているのか分からなかった。

「…い。おい」
「あ、れ…那月くん…?」
「俺は砂月だ」

目が覚めた時、青い空をバックに那月くんが…というより砂月くんが恐い顔をして私を見ていた。私、なんでこんなところに…。ゆっくりと起き上がろうとすれば、ズキンと痛む頭。えっと、何があったんだろう…。砂月くんを見てみれば、ぐっと寄った眉が見えた。

「テメェは木から落ちたんだよ」
「え、木?…あぁ、猫を助けようとして、」
「そうだ。那月が自分が行くって言ったのに、テメェは聞かずに上って猫を助けた後に落ちたんだよ」

那月も咄嗟のことで間に合わなかった。そう言う砂月くんにそっか、と返せばもっと難しい顔になって、分かってんのか、と言った。…分かるって、なにを?首を傾げれば、テメェは那月に心配かけたってこと分かってんのか、と言った。

「あ、えっと…ごめんね?」
「……」

首を傾げて砂月くんを見たけれど、やっぱり反応がなかった。どうしたの、と言おうとした時大きな手が伸びてきて、目隠しをされたかと思えばそのまま後ろに倒された。頭のところには那月くんの上着が枕替わりのように畳んであって、痛くならずにすんだ。だけど、砂月くんがそんなことする理由がよく分からない。手の位置はそのままだし、かといって暴力されるわけでもない。
正直、今までは恐かった。暴れ回る砂月くんを止めるのはいつも翔くんの役目で、そんな翔くんも危険な目にあっていたし…。ハルちゃんも音也くんもみんな命がけだったなぁ、なんて。

「…あんまり、那月に心配かけんな」
「うん。ごめんね」
「……俺だって心配したんだ」

息を呑んだ。だって、那月くんだけじゃなくて、砂月くんまで心配してくれたっていうことに。いつも正直にならない砂月くん。そんな彼がそう言う風に言ってくれるなんて思わなくて。そっと、私の目を隠す那月くん…砂月くんの手を退けて、ありがとうと笑うと、もっと辛そうな顔をした。

「お前は那月の好きな奴だ。アイツが信じた女だ…」
「…」
「だから、俺が好きになるなんてことはない。…好きになっちゃいけないんだよ」

那月の見たものが俺に伝わってくる。授業や、チビや友達、動物、景色…それから、お前。気がついたら俺がお前と話してるような感覚になって、那月がお前を抱きしめれば俺もお前を抱きしめたようになる。…それだけで、良かったはずなんだ。なのに、。

砂月くんはそこまで言うと、はっとした顔をして傍にあった眼鏡を掛けた。そうすれば那月くんに戻ってしまって、言葉の続きが聞けなくなった。那月くんは私を捉えると、泣きそうな顔で笑って抱き締めてきた。良かった、って。心配しました、って。今度は那月くんにごめんねと謝って、私も彼の背中に腕を回した。

「好き、だよ」

まるで、砂月くんにも言ってるような私のこの声は、彼に届いただろうか?私の温もりが伝わっているだろうか?

どんな君も貴方なら
この想い、届きましたか?


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