短い話 | ナノ
これで何十回目になるだろうか。着信を知らせる携帯をベッドに放り投げて、コンビニにでも行こうと思って外に出た。

最近バイトを始めた。同じ大学の佐藤に勧められて面接を受けたら、料理が出来るか、と店長さんに聞かれて、出来ると答えただけで採用された。他のバイトの子たちもとてもいい子たちばかりで、お店自体は気に行ってる。ただ、あの男以外は。
どこから手に入れたのか、ある日突然携帯に、あの男…相馬から電話が掛かってきた。人の過去をベラベラと喋り出したものだから即座に電話を切った。その次の日、佐藤に私の番号を相馬に教えたのか聞くと知らないと言われて、同じバイトの子たちも知らないと答えた。ニコニコと笑顔を浮かべてその男は私に近づいてきて、それからその男から逃げる日が続いた。バイトが終わっても、電話が掛かってきたり、メールが来たり・・・。

はあ、とカゴの中に買う物を入れながら溜息を吐いた。今日だけで携帯が鳴るのは、十回以上。最初の数回は出てたけど、どれもくだらない話ばかりだった。

誰かあの男止めて……。

マンションのエレベーターで自分の家の階まで上がって、鍵を差し込んで回した。扉を引いたら、ガチャン、と音が鳴って開かない。もう一度鍵を差し込んで回せば、開いた。
鍵、ちゃんと閉めてきたはずなのに…。恐る恐る中に入れば、私の溜息の原因である相馬がいた。

「あ、おかえり苗字さん」
「…っなんでアンタがいるの!」
「ああ、管理人さんに彼氏ですって言ったら入れてくれたよ」

ちょっと、管理人さん!はああ、と大きな溜息をついていると、一人暮らしのわりには良い家に住んでるんだね、と相馬は言った。帰って、と相馬を押そうと近くに寄ると、いつの間にか天井が見えていた。

「やだなあ、帰れだなんて。何のために来たと思ってるの」
「この…っ!」
「いいね、その屈辱的な顔。そそるよ」

殴ろうとすれば、その手は掴まれてベッドに縫い付けるように押さえつけられた。足を動かそうにも動かせなくて、睨んでも相馬はピクリともしない。


妖しく孤を描いた唇

相馬のズボンのポケットに入っている携帯が鳴って、それに出る相馬は、僕と苗字さんは今日お休みさせてもらいます、と言った。店長の返事も聞かず電話を切ると携帯を置いた。なんとか逃げようと腕に力を込めると、笑顔の割にさっきよりも強い力で押さえつける相馬に噛み付くようにキスをされた。


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