「明日仕事は?」
シャツのボタンに手をかけて、フランスがわざとらしく小首を傾げる。それに対する返答は決まっていて、イギリスはフランスを睨みつけながら首を横に振った。 わかりきったことを、わざわざ聞くな、という意思表示。
仕事より性処理を優先するなんて、そんなこと国として、あってはならない。もしフランスとイギリスの間に横たわるのが恋とか愛ならば、また話は違っていたのかもしれないけれど。
フランスとイギリスは、決して恋人同士なんかではないのだから。
「二カ月ぶり、くらいじゃない?」
坊ちゃんと、こうするの。
フランスが唇を歪めてそう言うから、イギリスはぎりり、歯噛みをする。恋人に囁くような甘い声で、そんなことを言わないで欲しいと思う。好きとか、愛してるとか、それに準ずる言葉は、全て二人にとって手遊びでしかないのだから。
赤ん坊が、おしゃぶりをくわえるのと同じ。口寂しいから唇を、肌を重ねる。それだけの話。それなのに。
「イギリス」
それなのにフランスは、まるで愛おしくて堪らないという風に名前を呼ぶ。から、イギリスは困り果ててしまう。
そんな温度で名前を呼ばれるのは苦手だ。だって、くるしい。
一線を引くことで、生クリームで溺れるような甘くて苦しい気持ちから逃げているのに。
「イギリス、イギリス、」
好きだ。
フランスのその言葉を聞いた時、イギリスは反射的に手を突っ張って、フランスから逃げた。フランスがそう言うのはいつものことなのに、イギリスはどうしても耐えきれなかったのだ。
「、いや、」
ぼたりと、涙が落ちる。視界が歪んで、呼吸が出来なくなる。
「っ、なんとも、おもって、ないなら」
そんな言葉、軽々しく言ってんじゃねぇ、と、途切れ途切れの音を繋いでやっと出来た言葉は、イギリスが一生言うつもりのない言葉だった。
ああ、ちくしょう。
イギリスは心の中で毒づいた。拒絶されることがわかっているから、言いたくなかった。叶わない恋なら、したくない。
「イギリス、それ」
イギリスがお兄さんのこと好きって、そう言ってるように聞こえる。
素っ頓狂で間抜けな声を出したフランスが近づいてくるのを、イギリスは絶望的な思いで見ていた。ああ、終わるのだ。気持ち悪いと、両断されるのだ。
そうイギリスが目を瞑った時。
唇に、何か触れた。驚いて目を開けると、そこにあったのは深い深い、海の色。
「うれしい」
そう言ったのがフランスであると、イギリスは最初理解出来なかった。
うそ、と言うことも出来なくて、フランスに抱きしめられたイギリスはぽかんと口を開けて首を傾げた。いま、なんて?
「…俺も、ずっと好きだった」
ずっと。繰り返したフランスは、イギリスの瞳を見つめる。嘘だ。今度は言葉になった否定を、イギリスはフランスに投げつけた。
「嘘じゃない」
いつになく真剣なフランスを見て、イギリスは泣きそうな顔をする。
嘘じゃ。嘘じゃないんなら。
「もっかい、俺のことぎゅってしろ」
俯いた耳が赤かったから。
フランスはイギリスのそのわがままを、聞いてあげることにした。